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―アテナめ、お前を聖域という名の監獄に閉じ込めたな…許せぬ、許せぬぞ!―

―我らが愛でる天使を我が物と言わんばかりに…許せぬ―


ぐわんぐわんと声が反響して聞こえてきた。目を開けたが真っ暗な空間があるだけ、否タナトスとヒュプノスの怒りの小宇宙を感じられた。怒りを抑えられない死の神、静かに闘志を燃やす眠りの神。私はそれを他人事のように感じていた。見えない彼らの傍に寄ろうと手を伸ばすがそれは強制的に意識が浮上し叶わなかった。花輪に引かれるかのように。


「…漸く目が覚めたな」
「貴方は魚座の…ここは…」
「我が双魚宮だ。もう真夜中になる」

そうか、だからこんなに暗いんだ。アルバフィカは手にランプを片手に私の寝ていたベッドの傍に立っていた。…やはり、この微妙な距離感が気に食わない。そんな事お構いなしに彼はただ「軽食を用意した」とだけ言って部屋をすぐに出てしまった。…人と距離を置く、か。遠い神話の時代にもそんな奴が居た気がする。たしかそれも美しい顔を持つ魚座だったような…。それにしても――

「この、記憶たちは…」

急に溢れるように見覚えのない記憶が脳内を巡っていた。アテナ、ハーデス、双子神、そして天馬座。ふと背中を見てみるがいつもと何の変わりもない。少し小宇宙を調整すると白い羽根が広がった。仄暗いオレンジ色のランプしかない部屋をキラキラとぼうっと白く浮かび上がるように輝く。

「それは、君の羽根か…」

入り口を見るとお盆を持ち固まるアルバフィカが立っていた。目線は私の羽根にいってる。スープとパンの乗ったお盆をテーブルに置き興味深そうに羽根に手を伸ばしたが顔を歪めて引っ込めてしまった。

「大丈夫ですよ、どんな猛毒が入っても小宇宙で相殺できますから」
「……そ、そうか…。では…遠慮なく…」

恐る恐るといった感じでそっと指先を羽根に触れさせる。優しい手つきで撫でてくれるので思わず目を細めてそれを甘受する。(犬の気持ちが分かるかも…。)

久しぶりの人との触れ合いにアルバフィカは自然と自分の頬が緩むのを感じた。傷付けてしまう心配がないからだ。…彼女は、自分が殺してしまう恐れはない。

「やっと笑った」
「!」
「これからよろしくお願いします、アルバフィカさん」
「…呼び捨てで構わないよ、エレナ」

初めてアルバフィカが名前を呼んだ。それが嬉しくてエレナはにっこりと微笑んだ。…私、彼を救いたいよ。その時何か心がざわめいた。この感覚…まさか!布団を跳ね退け双魚宮を飛び出る。今日は満月のはず、それがありえないことに段々と月が欠けて新月のようになった。空から月が消えた、闇色に塗り潰された。…とうとうこの日が来たのか。呆然と空を見上げる私の元に追ってきたアルバフィカが尋ねる。

「急にどうしたんだ?」
「…冥界の王、ハーデスが復活した…」
「なに…?!それではこの邪な小宇宙は奴の…!」

アルバフィカも月があったところの夜空を睨む。―――聖戦の始まりは呆気なくやって来た。



さよなら平穏



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