ぐちゃり。

 男が呻き声をあげながら倒れた。口からは血が止まることなく流れ、手先はぴくぴくと痙攣していた。ぴゅっとレイピアに付いた血液を飛ばしてから手で持て余した。どうやら動脈でも突き刺したからであろう、まだ血が止まることはなかった。だんだんと男の瞳から光がなくなるのを観察しつつ、そいつのスーツにあるであろう手帳を探った。胸元の内ポケットに手応え、にこりと笑う。

「さーて、貴方の役目は終わり…運ぶのご苦労様」

 喉に向かってひと刺ししてようやく絶命したようだった。動かなくなったそれに目も暮れず、手帳を大切に自分のポケットにしまい、パンパンと埃を掃った。レイピアを鞘に納め、背中に背負う。思いっきり跳躍して古いビルの階段の2階に移動した。

「なんでこんなところまで見てるのかなあ…すっごく不愉快」
「いやぁ、いつ見ても見事な手捌きで」

 他人事のように拍手を私に送る彼に私はため息をついた。

「血飛沫も纏わないなんてね…一体どんな鍛え方をしてるんだろう?」
「努力の賜物ですから。…そこをどいて下さい」

 私は階段を自らの身体で通れないように封鎖する臨也を睨みつけた。2人の間を夜の冷たい風が駆け抜けた。先に口を開いたのはあっちだった。

「俺もその資料を奪ってくるように言われてんだよね…。さぁ、それを寄越しな」
「はァ!?ふざけないでよ…あんたと仕事を交わわせるとろくなことがないんだから!」

 本当にそうだ。つい先月、同じように私が奪った書類をこいつと取り合いになった。そうしたらクライアントからは遅いと文句言われるし、情報も一部流れてしまった。……この商売は情報と信頼、実力で成り立っている。取り分け私は結構名は知られている、仕事の精密さも文句ない。自負なんかじゃない、本当だ。だからそれを目の前の歪んでいる男になんて、渡したくない。

「君さあ、もっと失敗を経験した方がいいと思うよ?」
「貴方こそ…その性格だから池袋が荒れるんです」
「荒れた方が愉しいじゃないか」
「その曲がった根性真っ二つにしようか赤目」

 おお怖い、と怖くなさげにおどける臨也に呆れた。睨み合う時間が長く感じられた。美玲はこの時間が勿体ないと感じたのか、レイピアを抜いた。臨也もニヤリと笑って自分のナイフを数本取り出して構えた。風のように2人は駆けた。レイピアの方が有利と思われるが、臨也の動きは俊敏でなかなか致命傷を付けることができない。お互いに小さな傷をつけあうだけ。

「ホントに嫌なやつ…」
「ハハッ、今更かい?」
「こうなったら…逃げるのみっ!」

 身体を崩したので左手を突き出してそのまま軸にして回転する。大きく跳躍して下に居る死体の近くに着地した。レイピアを閉まってネオンの輝く賑やかな街に紛れた。

「逃げた、か…。でもさ」

 臨也はポケットに入ってたモノを取り出した。ぴこんぴこんと画面に浮かんでいる点が点滅している。それが地図の中を、移動している。それが止まった所を確認してからその機械をしまってからそこを目指した。勿論、観・察!とふざけた笑みを浮かべてスキップのような足並みで美玲の後を追いかけた。しかし、それから5分後、平和島静雄に見つかってそれどころではなくなってしまったのはまた別の話である。