「あ、おはよ…って時間じゃないですね」
窓から差し込む夕日の赤い光が部屋とチハルと僕を照らしている。
「…ホントに居たんですか」
「居ますよ!
金魚ナメんな!」
別にナメてないが。
「……名前、なんで知ってたんですか?」
「ユキ様が、ガラス越しにたくさん話して下さいました」
改めて彼女を観察してみた。黒髪、大きな黒い瞳、白すぎる肌、服は金魚の尾のようなふわりとしたひもが後ろで揺れている。視線に気付いたのかチハルが答える。
「これは着物って服です
このひらひらは金魚帯です」
「キモノ…柄は金魚じゃないんですね」
「本人居るんだから、
しつこいじゃないですか」
なんなんだ、この金魚…。だんだんと苛々してきた。
「ズバズバ言いますね
まったく、ユキを見習えば?」
「腹いせに私に文句ですか!」
「日本人はおしとやかなんでしょ」
「あれは、ユキ様が我慢してるんです」
鋭く睨みつけるチハル、部屋の気温が一気に下がる。ああ、こんな金魚にあの婚約者は悩みをグダグダ言ってたのか。気持ちが落ちていく。
「へぇ、僕が女浸りとかかい?」
「……何も、思わないんですか」
「君のような金魚に、話すことじゃない」
その瞬間、片頬が熱くなる。ヒリリとした痛み、叩かれたと気付くのに時間はかからなかった。チハルの顔が少し赤みがかっている。
「最低です」
「それはどーも」
「…貴方も、我慢してるんですか」
「は…?」
「家から、兄から、周りから、全てから」
心の奥を抉られたような気持ちが僕の中を黒々と支配する。
ポチャン
金魚鉢にチハルが戻った。あからさまに僕を見ている。澄んだ黒い瞳。思わず逸らしてしまった。兄の、瞳と似ていた真っ直ぐな、兄の瞳と。
(恋しい 想いをつのらせて)
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