こんな思いをする夏は
僕にとって初めてだった
「レギュラス、見てください
これが日本の金魚ですよ」
婚約者のユキが僕の机に小さな丸い鉢をコトンと置いた。
中には水が張られており、英国ではなかなか見ない小さな赤い魚がユラリと尾を揺らし泳いでいた。
「…初めて、見ました
でも、金魚を見せるために来たんですか?」
言葉の刺に気付いたのか彼女が顔を歪ませた。僕には日本の純血の婚約者がいる。それが決まった時は兄ではなく、この僕がブラック家を受け継ぐのだと細く笑んだものだった。しかし純血の名門ブラック家の当主への重圧は、重く肩にのしかかった。
あの兄でも子供の頃から我慢してきた、と思うと流石に尊敬に値した。
その事に関しての鬱憤か、僕にも女の2、3人がいるようになった。
つまり、身体だけの――
兄と違うのは、僕が選ぶのが純血なだけ。…小さな反抗なのかもしれない。ユキはこの事を知っている、と思う。でも恐れてか、何も言わない。それに調子付いて、関係を持つ女だけが増えていった。
「うん、ダメ…だったかな?」
「ダメじゃ、ないですけど」
「そっか…今日泊まっても…いい?」
「…すみません、用事があるので」
本当は嘘だ。
ただ、女の人の元へ行くだけだった。
「…じゃあ、ね」
小さな体をさらに小さくして彼女は僕の部屋から出ていった。フワリとしたヒヤシンスの香りが出ていくのと同時になくなる。
「…行くか」
母上には友人の家に招かれたとクリーチャーと口裏を合わせてある。机の上のガラスを後ろめたく思いながらも今日の女の別荘に向かうため部屋を出た。
ポチャンと金魚が跳ねた。
(心に 泳ぐ 金魚は)
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