もうすぐ夏が終わる。
彼女が…チハルが居なくなってから2週間という頃だ。チハルが死んだというのに世界は回り続ける、闇の帝王の勢力が強くなる。誰かが生まれ、死ぬ。
もう何もする気が起きない。課題だけは終わらせておいてよかった。ベッドに身体を沈めて沸き上がる気持ちの悪いものに耐えていた。
彼女が死んだのは、僕のせいだ。もっと、素直に話を聞いていれば…。
同じ事ばかりが堂々巡り口から出るのは溜め息だけ。
そんな時に兄であるシリウスがドスドスと入ってきた。
「よお、レギュラス」
「…出てけ」
「兄に向かって、そんな口調か」
クスクス笑いながら楽しそうにレギュラスを見やる。
「チハルはもう逝ったか」
思わぬ言葉にバッとシリウスを睨む。
「な、んで…知ってるんですか」
「会ったからに決まってんだろー、いやー面白い奴だったな!」
「………」
自分だけが知っていたチハルだったのに一番厄介な事に兄まで知ってるのか。複雑そうな表情で兄の整いすぎた顔を見つめた。するとこいこいと手をパタパタさせた。
「ちょっと、ついてこい」
「なんで兄さんなんかに……」
「こ い」
「(チッ)……はあ」
連れてこられたのは、近くにある公園の池の前だった。シリウスの手には何かが握られている。―――顔がキラキラしているから、きっと悪戯の類に違いない。
「さあ、何なんですか?人をこんな所まで連れてきて」
「まあ見てろよ、ラス…いいもん見せてやる」
久しぶりに呼ばれてた愛称…。くすぐったい気持ちをしかめ面で隠し、風に揺れる水面を見つめた。シリウスの右手から何かが投げられた。ポチャンと音がした。
「、―――これ、は」
「おっ、成功したぜ」
家では滅多に見せないくらいの笑みを兄はしてみせた。僕の顔はきっと、間抜けな表情に違いない。
水面で光るナニカ、
金色のような、
赤のような
ユラリと金魚のように動く光。
花火が空に輝くように水面を照らす。
「凄いだろ、これ日本の金魚花火だ」
「き、んぎょ…はなび………
」
「あぁ、チハルに頼まれたんだ…その代わり、この言葉を伝えろって」
「言葉…?」
「「ずっと、大好きでした」だと」
「今…………さら…ですか…ハハ――――っ!」
気付いたら涙が溢れていた。もっと、もっと早くに…、
「チハルは馬鹿です」
「なんでもっと、早くに言わないんですか」
「言わなきゃ……分かりません」
「レギュラス……」
「ブラックの者を…次期当主を……惑わせるなんて、大した…人でした、…っ」
儚い
愛
命
彼女
もう、居ない
「さよなら、ですね」
池の表面が暗くなる。火薬の匂いが送り火のように空に舞う。煙を追ってレギュラスは星空を仰いだ。ポンポンと肩を叩くシリウス。それがやけに、心頼もしかった。
9月1日 キングズクロス駅
「お久しぶりです、ユキ」
「!あら、久しぶりですねレギュラス」
目をぱちくりさせる婚約者、なにか、あるのだろうか?
「何か、変ですか?」
「いいえ、でも……レギュラスから私に話しかけるなんて珍しいですね?いつもなら……ほら、」
少し困ったように笑うユキ。やはり、彼女は気付いていたのだ、僕の諸事情については。
「…すいませんでした、…もう、大丈夫ですから」
「そうなんですか、」
ふわりと笑う顔がチハルと重なる。
「金魚は、どうでしたか?」
「もう居ないんです」
「………そう、ですか…短い命ですね」
「はい……………でも、」
「え?」
「いいえ、なんでもありません」
微笑を見せてホグワーツ特急に乗り込む。慌てて後ろを追うユキ。
ねえ、チハル……。僕から見えるこの世界、少しは色付いてきましたよ。貴女はもう居ないけど、僕は、変わる事ができる。
金魚花火
(あなたの幸せを 願ったの)
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