「久しぶりだね」
「あ、……幸村」

華奢な身体は闇に溶け込む漆黒のスーツに包まれ、昔と変わらない柔らかい微笑みを張り付けている。最悪、1人で飲みたいところにあの、幸村精市に会ってしまうなんて。そこまで親しかったわけじゃない、ただ同じ中学、高校、部活…は男女別だったけど。それくらい。

幸村は当たり前のように隣に座ってカクテルを2つ頼んだ。


「ね、ねぇ…私、帰るんだけど……」

「1杯ぐらい付き合ってよ」


ねぇ、奢るからと小首を傾げられ、私はため息をついてまた幸村の隣の席に腰を下ろした。彼に敵う人か居るならぜひ教えて欲しい。今私を助けて。


***


彼女は変わった。目立つような子ではなかったが、俺はすぐに彼女に目を奪われた。その物静かだか瞳に隠れたその衝動、ぐるりと溢れ出すのではないか。それはテニスにも見出だせるくらいだった。そして、大人になった彼女は更に綺麗になっていた。話しかけるのがやっとなくらいだ。隠れていた獣とも言えるような部分が滲んでいるようだった。でもそれは触れたら壊れてしまいくらい脆くて、気高くて、孤高。俺なんかが手を伸ばしていいのだろうか、と不安を引き起こす麻薬のようだ。

「会社はどう?楽しいかい?」
「…まあまあ、だよ……幸村は?」

ぎこちなさを感じながらも会話がぼちぼちと続く。段々とアルコールも入り、話も笑顔も増えてきた。

「テニスかあ、ここ最近やってないからなー」
「確かにね。俺はたまにストリートテニスしに行くよ」
「!!ダブルスとかもいいねぇ…うん、立海懐かしいや」

目を細ませて笑う。学生の時よりも幾分か話しやすくなった幸村の変化に少し目を見張った。思わず手を伸ばしてしまった。予想以上に白く柔らかな肌に触ったこっちが驚いてしまった。向こうも色素の薄い瞳を見開いて驚いているようだ。慌てて手を離すと指先を捕まれた。

「ご、ごめんつい…離し、て」
「…ねえ、俺にチャンスはないの?」

まだ暑さが残る、深夜とはいえないくらいの時間。パリンと何かが割れる音がした気がした。薄く笑みを浮かべる。

「…さあ」
「ねえ、焦らしてるのかい?」

可笑しそうにくすりと笑って幸村は緩いウェーブを揺らした。別にそんなつもりじゃあない。でもね。

「わたし、あくじょなんだ」

こう答えたら、貴方はなんと言うんだろうか!そう考えただけで薄く引いたルージュが塗られた唇が歪に歪む。それでもいい、と言う?それともじゃあ今のなかったことにして、かしら。嗚呼もう、

「わたし、あく…………」

予想通りの答えを頂戴!それを踏み潰してあげるから。