「やあ、仕事終わりかい?」
「………そうです」
「お疲れ様」
「………アスプロス様もお疲れ様です」

事務的な彼女の言い草にたまにムカムカとした気持ちになる。何故美々は私にこんなにつっけんどんなのだろうか。他の人にも私程ではないが冷たい印象を持たれているのは知っているが、私にはかなり酷い。避けられている、ようだ。彼女は自らを人に寄せ付けない、孤高な銀色の花のようだった。

ある日、教皇直々に頼まれた任務の帰り、聖域近くの街に立ち寄った。たまには酒を飲もう。こじんまりとした、だが趣味のいいお洒落なバーに入った。

そこはギリシャでは珍しい、とまではいかないがカルメンを見ながら飲めるようだ。丁度踊り子が変わる。赤い服の少女が引っ込み、代わりに真っ黒な女がステージに立った。銀糸がふわりと揺れる。

「!?…美々、…?」

そこには私が見たこともない楽しそうに、情熱的で、女を芳かしさを放っている美々が居た。動作の1つ1つが目に焼き付いて離れない。どうやら彼女は1番の踊り手らしく観客の歓声も大きい。1曲終わり、礼をしたところでようやく私と目が合った。これでもか、というほど目を見開かせた彼女は見物だった。私は口パクで「裏手においで」といった。顔を真っ青にしてこくりと頷く彼女の赤いルージュがやけに鮮明に残った。


***


「…っ、どうして貴方がこのような所へ…?」
「飲みたくなってね、偶然入った店に君が居たんだよ」
「……このことは…っ」
「言わないよ。ちゃんとした理由があるようだし」

私の言葉に少しホッとしたように美々は笑みを浮かべた。それは私の前で初めて見せるもので柄にもなく心動かされた。

「良かった…。少し後ろめたくて、皆さんを騙しているようで…特にアスプロス様はこういう事はお好きでないと思いまして…あまり関わらないようにしてたんです」
「だからあまり絡まなかったのか」
「本当に申し訳ありません…」

自分の中の蟠りがとけてすっきりした。だが、まだ何か足りない。……嗚呼そうか。

「それではまだステージがありますので」
「ちょっと待って、1つ忘れてることがあったよ」
「え…なんですか?」

アスプロスはにこりと笑って美々の唇に噛み付くようにキスをした。突然すぎて空気が足りず唇を開くと舌が侵入してきた。荒らされどちらの唾液かも分からないほど美々を伝う。漸く離れたが、足に力が入らずアスプロスにしなだれかかってしまう。

「黙っていてあげる代わりのお代だよ」
「ハァハァ…そ、んな……っ」
「気に入ったよ美々、君を双児宮に頂くよ」

早速教皇に頼まなくては。と楽しそうに言うアスプロスに1回のキスで腰の抜けた美々は反論出来なかった。