部屋の中の時が止まった。ピオニーは可愛い方のジェイドを撫でていた手が止まっていた。ジェイドはズレてもいない眼鏡を押し上げた。
「……なるほど、それなら全てつじつまが合いますね」
「向こうで1年くらい過ごしてましたから…」
「1年だと?!行方不明だったのはほんの数日じゃないか…それにそんな長くどうやって過ごしてたんだ!?」
冷静に受け止めたジェイドと普通の反応をしたピオニーの為に私は護衛や剣の講師として雇ってもらい、そこで生活していたことを簡単に説明した。黙る2人、居心地が悪い…。
「とりあえずは納得しました。詳しい話はまた落ち着いたらしましょう。それまでこの話は保留です、いいですね陛下」
「あ、嗚呼…そうだな…。おまえたちには任務があるからな」
「………ルークたちには私から、任務が終わってから頃合いを見計らって言います。だからそれまでは内密にしてもらいたいんです…」
はあ、と溜め息をついたジェイドはこくりと頷いた。言うつもりはなかった、だが言わないと私は城に幽閉でもされていただろう。無意識にレイピアの柄に触れる。ギラリとした光を見た気がした。ピオニーは不機嫌そうにシッシッと手を払う仕種をした。…置いていかれるのが嫌らしい。
「ならほら、とっとと行け。ルークたちを待たせるな」
「…誰かが私たちを呼び出さなければルークたちを待たせたりしませんでした」
「ほんっとうに可愛いげないなあ〜。クロエなんか言ってやれ」
「可愛いジェイドもある意味怖いです」
スパコーンと頭を叩かれた。…正直に言っただけなのに、不愉快である。
***
「お帰りなさいクロエ、大佐」
「しかしまあ、よく陛下が許してくれたよな」
「また一緒で嬉しいですの!」
城から出ると皆が待っていた。……私、別行動がしたいんだけど。そんなことをやんわり言うとガシッと皆が服の袖を掴んできた。……。
「離して、下さい」
「却下だよクロエ〜」
「アニスの言う通りですよクロエ。ダアトで軟禁しますよ」
「それ笑えません」
まさかのイオンの言葉に思わず絶句した。空気を変えようとルークが無理矢理空元気を出した。
「そっ、それにしてもピオニー陛下って皇帝とは思えないくらい気さくな人だな!」
「気さく…というんですかね?」
いいや、ただのおちゃらけた人です。
「ねーねー大佐!なんか大佐と陛下って仲がいいんですね!」
「ああ…陛下はケテルブルクに滞在なされていた時期がありましたから。まぁ昔なじみなんですよ」
「えっ!陛下って独身ですか!?」
コネ発見というかのように目を輝かせてジェイドに詰め寄るアニス。こんな時にでもしっかりしているアニスに皆が苦笑を浮かべた。
「そのはずですよ」
「じゃあさっき言ってたサフィールって人もお金持ちですか!?」
テンションの上がるアニス。
「彼ならあなたたちも昼間会ってますよ?でもアニスのお婿さん候補にはおすすめできませんねぇ」
「…………え?…まさか…」
全員の脳裏に浮かぶのは自分を薔薇呼ばわりする白い死神の不気味な高らかな笑い。たしかにおすすめできない。テンションの下がるアニス。それから街を少し移動すると見覚えのある後ろ姿が見えた。声をかける前に向こうから気が付き駆け寄ってきた。
「あっ、ルークさん!みなさん!」
「ノエル!シェリダンに帰ったんじゃなかったのか?アストンさんたちは?」
どうやらもうアルビオールで送ってきたあとのようだ。…あの距離を往復するのに数時間しか要さないとは、すごい。こっそり後ろに後退りする。アルビオールに乗ったら魔界まで行かなければいけない。それは嫌だ。ティアには悪いが私はあそこの雰囲気だけはどうしても好きにはなれない。パーティーメンバーがノエルの言葉に気を取られている間n「逃がしませんよ、クロエ」
「!!!?」
「…はあ、貴女の考えることくらい分かります。魔界が嫌なんでしょう?」
「分かっているなら離して下さい」
だが押さえ付けられた手の力は変わらず。…あそこは私をユリアの生まれ変わりとしか見ていない。いつも自分たちが私を監視、保護、とにかく手中に収めておかないと気が済まないらしい。預言命集団だから。
「私は行きません」
「貴女は逃げるのですか」
「どうとでも罵ればいい、私には成すべきことがある」
「まるで、昔のティアみたいだな」
私たちの一悶着に気付いたメンバーが周りに寄ってきた。そしてルークの発した言葉に私は固まってしまった。昔の、ティア?
「ティアも師匠を討つことばかり考えて貫こうとしてただろ…そのときのティアと今のクロエが、その、似てるな…ってな」
「…ルークの言う通りだわ、あの時の私は愚かだった…。クロエ、私のように後悔をするの?」
「1人より大勢の方が心強いですわ、ご一緒に行きましょう」
「皆君を必要としてるんだぜ?」
「ミュウもクロエさんといたいですの!」
「アニスちゃんクロエが居ないとつまらないな〜」
皆がにこにことしながら私を、求める。…駄目、だめだよ。また、失ってしまう。零れてしまう。イオンが前に出た。
「クロエ、貴女は何を恐れているのですか?それは1番貴女らしくない…突き進む強さをよく知っているのはクロエ自身ですよ」
「私たちがついています、クロエ…。逃げることは解決には繋がらないのですよ」
「………ほんと、皆お人よし…」
ほろりと涙が零れた。メンバー全員で魔界に行くことが決定した。