マルクト帝国帝都グランコクマ グランコクマ宮殿謁見の間


謁見の間には重々しい空気が流れていた。珍しく威厳を見せているピオニー。傍らにはジェイド、その傍には参謀総長や将軍、少将が揃っていた。本来クロエはジェイドの隣、またはフリングス少将の後ろに居るべきなのだが目立たないようにとティアの後ろに隠れるようにして立っていた。様々な所からの視線が痛い…。イオンが一歩前に出て沈黙を破った。


「ピオニー陛下、本日はお願いがあって参りました」

「――あなたのご意向は承知しているつもりですよ、導師イオン」

「陛下も本当は戦いを望んではおられない…。そうでしょう?」

「本日正午キムラスカ王国より声明がありました。卑劣な謀略を企てたマルクト帝国に対し――遺憾の意を表し強く抗議する」

イオンの必死さの目の前に冷酷な現状を叩き付けられた。パーティメンバーの頭に先ほどの戦いが思い浮かんだ。ゼーゼマン参謀総長の言葉は続く。


「これはローレライ教団も認める大義である…と!そしてキムラスカ軍は我がマルクト帝国へ総攻撃を開始した!」

「ピオニー陛下!父は――インゴベルト陛下は誤解をしているのですわ!」

「はたしてそうであるかな?ナタリア姫。アクゼリュスの件は大義名分のためキムラスカ側の仕組んだこととも考えられますぞ」


ナタリアは悲しげな顔で違うと叫んだ。クロエはその背中をただじっと見つめてなんて大きな責任をこの人は背負っているのだろうと思った。彼女は敵対国で、なんでこんなにも果敢になれるのだろうか。ルークも顔を強張らせながら言葉を発した。


「大地の崩落は…戦争とは関係ないんです。アクゼリュスは…俺のせいで崩落したんですから…!」


その言葉に将軍たちは目を見開いた。こんな少年があの崩落を起こしたことが信じられない、というような顔をしている。決意をしたようにルークはキッと前を見据えた。


「セントビナーで勝手なことをしたのは謝ります!お願いします!どうか今すぐ戦争を止めてください!」

「…」


考えているようでピオニーは何も発しなかった。ジェイドがさっと前に出た。


「ルーク、ナタリア、落ちついてください。事情はひととおり話してあります。それに――そう話は簡単ではないのです。」

「え?」

「もう戦争は始まっているのよ」


クロエが急に言葉を発したので全員びっくりして後ろを見つめた。堂々とした足取りで前へ進みジェイドの隣――ピオニーの脇に立った。


「元々マルクトとキムラスカの緊張状態は限界だったのよ――アクゼリュスはただのきっかけ…確執の原因などではないの」

「そうです。真相はもはや重要ではないのですよ」

「……なら…誤解を解くのは…あとでいい!とにかく今はルグニカ平野が危険なんだ」


クロエは驚いた。普通なら自分のことを優先させてしまう所を、沢山の人々を優先させたのだ。あのルークが。


「ピオニー陛下!あんたの国のために戦ってる人たちが崩落に巻き込まれてしまう!兵を退かせてください!助けてやってください!!」


シンとした謁見の間で凛とした声が響く。――ピオニー陛下だ。


「…ひとつ聞きたい。敵国の王族に名を連ねる貴公らがなぜそんなにマルクトのことで必死になる?」

「…敵国ではありませんわ。少なくとも庶民たちはあたり前に行き来していました。困っている民を救うのは…王族に生まれたものの義務です」
「お…俺は――この国にとって大罪人です。ルグニカ平野のことだって俺のせいだ。だから…俺にできることならなんでもしたい…みんなを助けたいんです!!」


その時初めてルークたちとピオニーの目があった。ルークはそこに含まれている思わぬ威厳にどきりとした。


「……ジェイドの話を聞くまでキムラスカは超振動を発生させる譜業兵器を開発したものと考えていた」

「!!」

「だが戦争相手を敵国でないと言い切る王女様に――自称大罪人の親善大使殿か……なるほど」


くるりと自分の長い金髪を弄びながらピオニーは――にかっと笑った。


「いったいどんな連中かと思ったぜ!俺のジェイドとクロエを連れ回して帰しちゃくれねぇのは!」

「「は?」」


急なピオニーの態度の変わり様にナタリアは固まりルークは慌てた。ふざけた様にピオニーは傍のクロエを引っ張ってそのまま膝の上に乗っけた。「う、っわ…!」どしんと勢いよき座り込んでしまい慌てて離れようとするも腰をガッチリと固定されて立ち上がれなかった。クロエの腕の間から指をジェイドに向けてニヤついた。


「なあ!こいつ封印術(アンチフォンスロット)なんて喰らいやがって使えない奴で困っただろう?」

「え?ええ!?いやあのそんなことは…」

「……。…陛下、客人を戸惑わせてどうされますか。それに…」


ジェイドは不機嫌そうに動けずにいたクロエをひょいと抱き上げた。ああーと悲しそうに名残惜しさを含ませた声が後ろからする。はぁ、とため息をつきつつも笑みを零すピオニー。ジェイドの隣に下ろしてもらいほっと一息つく。


「ははっ、そんなに俺の傍にクロエが居ることが嫌なのか。まあ、さっそく本題に入ろうか」



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