夕方になり練習を中断させて夕食をとることにした。簡単に私でもエミリオでもできるカレーを作ることにしていたのでとんとんと包丁を使ってにんじんを切って、エミリオにはサラダの準備をしてもらった。煮込むまでまだ時間があるのでエミリオに山の麓をご飯が出来る前までに走ってこいといった。何も言わずに不機嫌そうにシャルを置いて行こうとするエミリオを止めてにっこりとシャルをまた手渡す。
「武器なしで走るのか、え?敵の前でもそんなことするのか」
「……行くぞシャル」
眉間にチョモランマ、とはあのことを言うのだろう。意外と重いシャルを腰に戻してエミリオは走り出した。
「さーてと、私はルーティに会いに行こう」
エミリオは悪いが、約束は守らねば。ここからルーティの住んでる所までは近い。少しだけ…。歩きはじめた所で何か違和感を感じた。咳が出た。口元を抑えると赤が見えた。だらだらと血が流れた。急にフラフラと身体が揺れた。
「なに…急に…ゲホッ…ゴホッ!」
地面に倒れこむ身体を受け身で最小限の痛みに押さえ込む。吐血の他にもビリビリとした痛みか走った。く、苦しい…。
「う…あ…じぇ、ど…えみり、お……っ」
唇を噛み締めて痛みに耐える。5分程で収まり立ち上がることができた。クレスタに、急がなきゃ…。服の汚れを払って少し怠い体を引きずるようにして向かい始めた。
***
「――…あ、クロエさん!来てくれたんだ!」
「久しぶりだねルーティ。…今平気かな?」
「もっちろん!あ、中に入ってお茶でもどーぞ」
ルーティは嬉しそうにはにかみながら孤児院の中へ私を引っ張っていった。中に物は少なく、少し寂れていた。それでもどの部屋でも笑い声が聞こえた。なにもない、けど幸せらしい。
「はいどうぞ!」
「ありがとう」
少しも貧しそうにみえない。でも彼女は母親は亡くし、父親は知らない。本当なら家族で幸せにダリルシェイドで暮らしているはずだったのに。そんな思いを胸底にしまったまま、それから1時間くらい話をした。楽しい時間を少しでもルーティに、与えたくて。私なんかがこんなことをしていいとはおこがましいことは分かっている。でも何かせずにはいられなかった。
「そろそろ帰るよ」
(エミリオもそろそろ帰ってくるよな…)
「ええっ、もう帰っちゃうの?」
「うん…元気でね」
もう会うことはないでしょう。言葉に出さずに私はルーティに言った。ルーティは聞き返そうとしたけど、もう背を向けてしまって歩き始めていた。「また来てね!」そう叫んでもこちらに振り返らず片手をあげただけだった。
「どうしてだろう…」
もう、会えない気がする。