夕暮れが屋敷の庭を赤く染めた。私たちもオレンジがかってようやく握りしめていた剣を鞘に戻した。息を整えつつ、礼をした。――剣をやる者は礼儀を知れ、とみっちり教えてやった。因みに次の日にはしっかり礼をしてくれた。あの、孤高のプライドの高いエミリオが。まだ自主練をするエミリオを置いて屋敷に先に戻ると扉の所にメイドさんがタオルを持って待っていてくれた。


「お疲れ様です」


「あ…ありがと…」


少し笑ってタオルを受け取ると顔を赤らめてメイドさんは走り去ってしまった。………え、えええええ。何もしかして嫌われた?そう思ってショックを受けているとくすくすと笑いながらマリアンが近付いてきた。


「メイドたちはクロエに夢中ですね。お世話している私が羨ましがられてるんですよ」


「あ、嫌われてるわけじゃないんだ…」


勿論、とマリアンは答えてくれた。ダイニングに移動して座ると食事が用意されていた。向かい側に立っていたマリアンは食事の後にお話でもしましょうと誘ってきた。それに二つ返事で承諾すると目の前にあるステーキにナイフを入れた。


***


「ローズヒップの紅茶です。お砂糖は何杯ですか?」

「あー…3杯で」


甘い香りが鼻先を擽った。マリアンは向かいに座って何か考えながら口を開いた。



「クロエは、何を悩んでいるの?」

「…悩みなんてないよ」

「嘘ね…。ならなんでいつも苦しそうに笑うの?此処に来てから本当に心の底から笑った事はあるの?」



私はゆっくりと笑みを固まらせながら回想してみた。……………たしかに、今思えば、無理やり笑ってたのかもしれない。いつも考えてたのは過去のこと、未来のこと。


「…私が何を考えてたって、笑っていなくたってマリアン、貴女には迷惑をかけてないわ」

「迷惑って問題じゃないの!クロエ、貴女時々寂しそうにエミリオ様を見てるのよ?貴女が来て少し明るくなったエミリオ様を見て…」


「私が…?それこそ問題外だよ…私に幸せになる権利はないんだから」


立ち上がって駆け出すと後ろから慌てて名前を呼ばれた。でも、今の私には余裕なんかない。自分の部屋から抜け出して何処に行くのか、なんて考えられなかった。頭の中はぐちゃぐちゃとマリアンの言っていた言葉が何度も繰り返された。そして自分の言った事は正しくて、幸せなんておこがましいとさえ思った。夜風が興奮していくぶんか熱い頬を冷やしてくれた。庭先に出てそこにある大理石のような石でできた噴水のところにこしかけた。ひやりと布地を伝って身体に石の冷たさが身体を震えさせた。


「……私は、幸せになってはいけない…」


もう一回その言葉を口に出してみた。瞳を閉じてみる。さらさらと草木が揺れる音何回か深呼吸をするうちに落ち着いて夜空を見上げる。音譜帯のない、昔の空に似ている。……といっても都会からはよく星は見えなかったけど。……都会の、何処だっけ?顔が真っ青になっていくのを感じた。私には兄弟か姉妹はいた?両親の顔は?実家の場所は、大学は、友達は、バイト先は……。分から、ない。ぼんやりとしか思い出せない。その場にうずくまって、頭を抱え込んだ。外界の音をシャットダウン。もう、何も考えたくない。その私を見ている、3人。



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