「エミリオ様、マリアンです」
コンコンとマリアンがノックをした。すぐに入れと子供特有の高めの声がした。扉を開けると机に向かって羽ペンでスラスラと何かを書いている少年がいた。漸く書き終えたのかペンを置いてキラキラとした笑みでこちらを向いた。が、マリアンの隣にいる私を見て一瞬にして不機嫌そうになった。
「エミリオ様、こちらは本日より剣の指南をしてくださるクロエ様です」
「よろしくな、エミリオ様」
「……こんなひょろっちいのに教わることなんか、ない」
「エミリオ様!!」
プイッと横を向いてしまったエミリオにマリアンは慌てて駆け寄りペシンと頭を叩いた。私は苦笑してしまった。…エミリオは、マリアンを私に取られると思ったのだろう。
「その態度はいけません!それにクロエは強いそうよ?」
「フン、どうだかな…」
「そこまでいうなら一勝負しませんか?」
その言葉にエミリオは「僕に負けたらこの屋敷から出ていけ」と言って傍らのクリスタルの付いた剣―シャルティエを掴んで先に外へ行ってしまった。ぴりぴりと冷えていた空気がようやく元に戻った。マリアンは申し訳なさそうに詫びた。
「ごめんなさいクロエ…エミリオ様ったら…」
「大丈夫だよマリアン、勝てばいいんだし」
そう言って私もエミリオの後を追って中庭へと向かった。
***
そこに行くともう剣を抜いて私を待っているエミリオが居た。まだ7歳の子供なのにご立派な事に眉間に皺を寄せている。……いっちょ、私が揉んでやろう。本当の戦いの恐ろしさを。今自分があまっちょろい考え、境遇、立場にあることを。ふっと笑いながら腰にあった剣を鞘から引き抜いた。……この頃は、肉弾戦が多い気がする。そっか、前までは譜術に頼りきっていたのか。その方が自分が相手を殺したっていう実感があまり湧かないから。今は………逆にその手応えが欲しいのかもしれない。自嘲しながら構えて待っていると向こうから攻撃を仕掛けてきた。7歳の割に素早い動きで私に近付きシャルティエを横へ動かした。しゃがんで足払いをして少しエミリオのバランスを崩すと慌ててバックステップを使い距離を置いてからまた前へと向かってきた。……うん、いい感じじゃん。あれ、今までエミリオは誰に教えて貰ったんだろ…まさか剣に?そんな事を考えていると向こうがぶつぶつと詠唱に入ってるのが見えた。ってえ!もうエミリオさん晶術使えんの!?コアクリスタルがカチカチと光っているのが見えた。
「グランドダッシャー!」
「おっと危ない!ちょっと!ナニ勝手に晶術使ってるんだよ!!」
「勝ったもん勝ちだ」
不敵な笑みを浮かべながら更に切り掛かろうとするエミリオに私は笑みを消した。急な私の表情の変化に一瞬目を見開いた彼は今更本気かよと少し怠そうにシャルティエを振るった。―…甘い!私の細身の剣は、力技を受けるのは確かに苦手である。しかしその代わりに受け流したり、素早く急所を狙う事を得意とする。シャルティエを受け止め薙ぎ払って剣先をエミリオに向けた。
「あんた…そんなんじゃ強くなれないよ」
「なんだと…?!」
「これで終わり、インディグネイション!」
辺りが雷の光と音で包まれた。思わずダリルシェイドにいた全ての人間が目をつむってしまう程の。漸く静かになってエミリオが目を開けると辺りは黒焦げに近い状態になっていた。自分が立っていた場所には大きな焼け跡と穴が空いていた。……さっきの、技が…。もし避けきれていなかったらと思い、顔が真っ青になった。しかも晶術をあのクロエとかいう奴は使った。ソーディアンがいるわけでも、レンズを持っているわけでもないのに。それに詠唱なしで。…………強すぎる。こんな、桁違いの強い人相手に、勝てる訳がない。一瞬にして畏れを纏ったクロエはただ、エミリオがあの秘奥義を避けた事に感心していた。その割には無感情でだが。
「なかなかやるじゃないか。わた…俺の詠唱なしでだって、秘奥義を避けきるなんてさ。よっぽどいい師匠が居たのかな」
『坊ちゃん!褒められてますよ!やりましたね!それにしてもあの人、なんでソーディアンもレンズもなしに晶術が使えたんですかね…?』
「さあ?わ…俺にもそれはちょっとわからないな」
あ、れ……………。今、シャルティエの声が聞こえたよ。座りこんでたエミリオも思わずクロエへの恐怖も忘れて立ち上がった。驚いた表情でシャルティエとクロエを見比べた。
「……シャルティエの声が聞こえるのか」
「それは伝説とかのソーディアンなのかな?」
『そうです!僕はシャルティエっていいます!』
「俺はクロエ・アマネ、よろしくなシャルティエ」
シャルって呼んで下さい、でもクロエにもソーディアンマスターの資格があるんですねえ。とシャルが呟いたのをエミリオはあまりよしとしなかったのか、バンとシャルを落とした。ご丁寧にコアの方を下にして。
『いでででで!坊ちゃん止めて下さいコアに傷がいででっ!!』
……どうして私にソーディアンの声が聞こえるのだろうか。これはマズイんじゃないかと思った。客室剣士にはなりたくはない。自由に動ける時間が少なくなるからだ。―仕方ない。一息ついてから私は落とされたシャルを拾ってコアをつんと突いた。それからその様子をつまらなそうに見ていたエミリオの頭をそっと撫でた。びっくりして肩を揺らす彼にふっと微笑んだ。剣を返してやる。
「よくやったな、今日は屋敷に戻ろうか。マリアンも待ってるぞ」
「…え、」
視線を斜め上にやる。エミリオもその後を追うように上を向くと2階の窓からマリアンが手を振っていた。それに2人して手を振り返してから私たちは屋敷の扉へと向かった。…無言で。
『いい人ですねぇ坊ちゃん。僕あの人か女だったら惚れてましたよ!』
「………褒め、られた…」
『坊ちゃん!クロエが先に行っちゃいますよ!』
その言葉に慌ててエミリオは拾って貰ったシャルを鞘に戻してもう遠くの背中を追いかけた。