屋上に上がると少し冷たい風が一行を襲った。そして、複数の殺気。ピンクの髪が向こうで揺れていた。
「待ちかねた…です…イオン様と、クロエをわたしてください」
「そう簡単にはいきません、ルークの姿が見えませんね?彼はどこです」
ジェイドが私とイオンの盾になるように前へと立ちはだかった。私はジェイドから少し距離を置いた場所からアリエッタを見つめた。アリエッタは少し俯きながら涙を堪えていた。
「教えない…アリエッタあの人嫌い、あの人もあなたも嫌い、アリエッタのママを殺した!アリエッタの敵!!」
そう言うと周りの魔物もグルルルと威嚇してきた。どうやら彼女も魔物も相当怒っているようだった。
「殺した!?我々が?」
「チーグルの森でのこと忘れたなんて言わせない、ママはただアリエッタの弟と妹たちを守ろうとしただけなのに」
「……っ、アリエッタ!貴女のお母さんは生きてるわ!」
クロエは叫んだ。それでもアリエッタは信じていないらしい。
「じゃあ、ママたちはどこ!?森には争った跡しかなかったです!」
「安全な場所に移動させたのよ!ねぇ信じて!!」
クロエの言葉はアリエッタには届かないようだった。また、つめが甘かった。状況が分からなかったパーティーにイオンがアリエッタは魔物に育てられたのだと皆に説明した。すれ違った心を表すかのようにぽつぽつと雨が降り出した。
「みんなアリエッタに意地悪する、みんなアリエッタの大事なもの…取っちゃう…一番嫌いなのはアニス、アリエッタのイオン様を取った」
「!」
「アニスさえいなければアリエッタはいつまでもイオン様のそばにいられたのに…」
ぼろぼろと大きな涙がアリエッタの頬を伝った。イオンが苦しそうに弁解をするも、心を閉ざしたようにアリエッタには聞き遂げられなかったようだ。そして大きな決意をしてキッと前を向いた。
「…クロエはあの人が欲しがってた…です、だから…力ずくでもイオン様とクロエをわたしてもらう…です!」
その言葉と同時に魔物が襲ってきた。アニスがトクナガを大きくして攻撃態勢に入った。ガイも急な人形士の能力を見て驚いていた。
「双旋牙!!」
「リミテッド!!」
アリエッタも譜術をぶち込む。クロエは静かに詠唱を始めていた。それに気付いたアニスとジェイドは慌てて後方になった。
「譜術ならこっちも負けてないもんね!主役はガイに譲ってあげる!」
「ネガティブゲイト!!」
「スプラッシュ!!」
「聖なる鎖に抗がってみせろ――シャイニング・バインド!」
ちゃんとしたクロエの詠唱、すぐに決着はついた。強大な譜術にびっくりしたアリエッタの元に風のようなスピードでガイが駆け寄った。峰打ちが小さな身体へと叩きこまれ、バタリと倒れこむアリエッタ。慌ててイオンが駆け寄った。ジェイドだけが無表情でイオンを上から見下ろした。
「イオン様、ここで彼女を見逃せばまた復讐に来ますよ」
「ライガクイーンは無事なのですから、きっとアリエッタも分かってくれます…」
「…それより規律に則って教団の査問会にかけましょう」
その時ようやく屋上にたどり着いたヴァンが後ろからそれに賛成の意を表した。ヴァンにアリエッタを頼むイオンの腕の中でちょうどアリエッタが目を覚ました。また、涙。
「ご…ごめんなさいごめんなさいイオン様許して嫌いにならないで…」
顔色を変えるイオン、私はその理由を知っているから、何も言えなかった。
「違う…違うんですアリエッタ…何を言ってもあなたを傷つけたことのいいわけにはなりません、でも…これだけは信じてください」
幼い少年は強い意志を持った瞳で真っ直ぐ彼女を見つめた。―――まだ、2年しか生きていないはずなのに。
「ライガクイーンや子供は生きています、それにあなたは何も悪くない!僕は…導師イオンはあなたを嫌いになんてなっていません!」
その言葉にようやくほっとしたのか少し表情を緩ませてアリエッタはルークの居場所を告げた。ニコ、と笑ってからまた気を失ったアリエッタをヴァンが抱き上げて連れていった。
静かになった屋上にガチャンと音が響いた。―――クロエが座り込んだ音だった。