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意識を戻すと周りに赤い薔薇はなく根こそぎ無くなっていた。アルバフィカもミーノスも、冥闘士たちも居ない。どうやらこの場での戦いは終わったようだ。身体を起こすと大量の毒の血の香りがした。震えたまま後ろを振り向くと赤い血、毒の血、アルバフィカの血が血溜まりになっていた。

「アルバフィカ…っ!!こんなに血を流して…!」

きっとまた何処かに戦いに行ったんだろう。冥闘士たちの死体がないということは奴らを追ったのだろう。聖域へと走りだそうとしたが足に力が入らなかった。涙が溢れる。

「私を生かそうと薄いところの血を使うなんて…馬鹿よアルバフィカ!!」

久しぶりの薔薇の香気…相殺できるかな?小宇宙を燃やす。身体が幾分か楽になったところで走り出した。だがすぐに足を止めた。…聖域でなく、村の方が騒がしい…?小宇宙もいくつかある。そっちに行こう。嫌な、予感がする。残っていた薔薇を数輪拾いカレンはロドリオ村へ向かった。



***

シオンは少女へ攻撃を仕掛けたミーノスの前へと飛びだしそれを防いだ。

「この場は私がおさめる!早く逃げろ!」
「ほう、牡羊座のシオンまで出てくるとは…さしずめ魚座の敵討ちといったところですか」

シオンは不敵な笑みを浮かべるミーノスに向かい貴様のやり方は気に食わんと言い放ち小宇宙を固めた。だが見えない糸での攻撃、コズミックマリオネーションにかかったシオンは身体を動かせなくなり絶体絶命にと陥った。そこへ飛ぶ黒薔薇。アルバフィカだった。

「すまなかったなシオン、面倒をかけて…私はまだ戦えるよ」

血まみれのアルバフィカ、少女――アガシャは顔を真っ青にしながらそれを見るしか出来なかった。これにはミーノスも驚いたようだがすぐに鼻で笑った。

「まだ生きていたとは驚きました。あのまま死んでいれば君は相応に美しく散れたものを…」

美しい、という言葉にアルバフィカが反応したがミーノスはそのまま言葉を続ける。

「何度やっても同じなのですよ、力のないものは屈服させられ弄ばれるのみ。だがこれ以上美しい君が血と泥にまみれるのは見るに忍びない。――見逃してさしあげます」

それは戦う者にとっては屈辱でしかない言葉であった。アルバフィカは口に薔薇をくわえたまま言葉を発した。

「…私はなミーノス、今まで己の血を疎み人を避け生きてきた。美醜がどうであれ私はそうやって生きたろう…。美しいという言葉は貴様がしたように常に私の誇りを傷つける…。貴様いったい何をもって私をそう評した!?」

私を美しいと評していいのはただ純粋に慕い、優しく私を包み込んでくれたあの子だけだ。

「私は力も小宇宙も生き様もまだ貴様の前で出し切ったつもりはない!!」
「では改めてそれを披露してもらいましょう。どれほどのものか見てあげますよ!」

クリムゾンソーンが放たれミーノスを襲った。量も威力も尋常ではなく、まるで全身の血を捨てるようなものだった。ふらついたアルバフィカを見てミーノスは翼を開き風を起こした。膝をつくアルバフィカ。

「もはや魚座は精も根も尽きたようです。次の相手は牡羊座、君か?」
「いいやミーノス、己の胸を見るがいい」
「何……」
「すでに決着のついている者を相手にする必要はない、と言っている」

ミーノスは目線を下ろすと自身の左胸に赤い薔薇が突き刺さっているのが見えた。口元からは血が流れる。意識もフラフラとし足もガクガクとしてきた。

「これは…?奴が口にくわえていた魔宮薔薇…いつの間に…?」
「いいやミーノス、その赤薔薇は魔宮薔薇ではない。人の血を吸って真紅に染まる白薔薇、ブラッディローズ。恐らくは彼の…っ、アルバフィカ自身の猛毒の血を吸って染まった白薔薇だ!」
「フフ………この私がたかが花1輪毒の1滴で倒れるだと…?小癪なアルバフィカ…小癪なアテナの聖闘士ーーーっ!!」

最後の力を振り絞って消し飛ばそうとするミーノスに向かいまた赤い薔薇が突き刺さった。驚いてシオンが振り返るとそこには冥衣に身を包んだ女が立っていた。ミーノスは目を見開いた。

「お前…カレン…っ、何故だ…!」
「黙れミーノス、早く逝け。アルバフィカが命をかけて守った村だ、貴様などに滅ぼさせはしないわ」
「お………の…れ……!」

ミーノスが倒れるを見てからカレンはよろよろとアルバフィカに近付いた。警戒したシオンがアルバフィカを守るように立ち塞がるがそれは彼自身が止めさせカレンを傍へと言った。

「カレン…」
「馬鹿ねアルバフィカ…なぁに自分に白薔薇刺してんのよ」
「それは…お前もだろう…?先ほどの赤薔薇は、ブラッディローズ…」
「あは、バレたかー。ルゴニス先生の見よう見真似だからさ、上手く…いくか分からなかったんだけどねぇ」

にっこりと笑ったままアルバフィカの傍に寄り力が抜けるようにその場へ崩れ落ちるカレン。そして寄り添うにアルバフィカにもたれ掛かった。

「やっと、一緒…だね…」
「待ち、くたびれた…んだぞ」
「ごめん…私、必要とされて、ないと…」
「カレン、君は…私の隣に居るだけで、よかったんだ…」

空から薔薇の花弁がはらりと降ってきた。嗚呼なんて美しいんだろうか。今まで花を見るだけでアルバフィカを、懐かしい輝いていた昔を思い出してしまい嫌だったのに。

「…だいすき」
「…ああ、私もだ」

2人は力を振り絞って手を握り合い笑みを零した。血だらけの地面へと倒れ込み事切れてもその手は離れなかった。

「まさか…行方不明だったカレンだったとは…」

シオンは薔薇の雨の中、2人の幸せそうな顔を見てそっと哀悼を込めて瞳を閉じた。願わくば、彼らが幸せにエリシオンへと向かえますように―――



fin



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