それから数日も経たない内にルゴニス先生は死んでしまった。アルバフィカは呆然と先生のお墓の前に立ち尽くしていた。…このお墓も私たちで用意したのだ。というのも墓石を持ってきてくれた聖闘士が毒薔薇の中に入れずに倒れてしまったからだ。耐毒を身につけているのは、私たちだけ。

「……ルゴニス先生」
「カレン、僕は強くなる。君が戦わなくてもいいように」

その言葉に私は頭の中が真っ白になった。戦わなくてもいい、だけがリピートする。私は戦闘のことしか知らないのに、それすら取られてしまうのだろうか。それは私が不必要だということなのだろうか。ほろりと涙が溢れルゴニスと彫られた墓石が歪み滲んで見えた。ずっとそこに座り込んでいた。アルバフィカは任務だからと名残惜しげにもカレンを置いて消えてしまった。…ひとり。人の気配がしたが動けなかった。先生が死んだことも悲しかったがアルバフィカに見捨てられたような気がして、それが苦しかった。

「地暗星の星の下に生まれたのはお前だな」
「!」

振り返るとアルバフィカより5、6歳年上に見える青年が立っていた。身なりは整っていて何処かの貴族に仕えていそうな感じだ。鋭く真っ直ぐな視線、逸らせなかった。

「お前が仕えるべき相手は此処には居ない。唯一無二、冥王ハーデス様のみだ」
「冥、王…っ」

本来ならば、聖闘士を目指す私の敵の大将。だが彼が言うその響きは懐かしく、畏敬が含まれる。――嗚呼そうか。カチリとパズルのピースがはまるように納得した。嗚呼そうか、私は…。遠くから黒いものが飛んできた。それが分解して私の身体を覆った。

「………私は、地暗星ディープのカレン」

穏やかな気持ちで私は自分の装着した冥衣を指先でなぜる。キラキラと月のような落ち着いた黒の輝きを増す。冥衣が主に会えて喜んでいるのかキィンと鳴った。差し出された手を掴み真っ直ぐ男の顔を見据える。…そういえば、彼はこの毒薔薇の中立っている。

「俺はラダマンティス、お前は俺の部下だ」
「ラダ、マンティス…様…」
「これからは俺の下で冥王軍に尽力してもらう、カレン」

彼を冥衣が包み翼が大きく開き羽ばたいた。一瞬でその場から人が消えた。残ったのは薔薇の香気のみ。


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