私にはこの薔薇とルゴニス先生、それから彼女が世界だった。



目の前で対峙する女はむしゃりと私の薔薇を口に含み嚥下してしまった。…どうやら耐毒があるのだろう。冥闘士が着用する冥衣を身につけるこの女を見ると、やけに昔の輝いていた思い出が蘇る。先生と、カレン。なぜ敵を見て…嗚呼そうか、あの子もよく花を食べて先生に叱られていたな。



***


「こら、むやみに毒薔薇を食べるんじゃない。例え耐毒体質でもその量はまだカレンには早過ぎる」
「早くアルバフィカに追い付きたいからだよ!」
「おしとやかになさい、ほら仮面も付けて…」
「ぶー…。アテナのケチ、女人禁制とか酷い差別!」

バチンと平手打ちがカレンの頭に叩きこまれた。女らしからぬ悲鳴が出る。頭を押さえながら上を見ると厳しい顔をしたルゴニス先生がいた。

「今度また女神にそんな口の聞き方をしたら1週間薔薇の世話だけしてもらおう」
「絶対嫌だごめんなさいルゴニス先生」

素直に謝ったカレンの頭をそっと撫でてからルゴニス先生は教皇の間に行ってしまった。…最近は任務ばかりでなかなか3人が揃うことは少ない。お互いの修行は本当に大変で、だからカレンと遊べなくてつまらなかった。カレンはルゴニス先生の姿が見えなくなるとまた手短にあった薔薇をむしり取り仮面を少しずらし口へ放り込んだ。

「…アルバフィカ、まだかなあ」

ずーっと一緒に居れたら楽しいのに。薔薇を咀嚼しながらそんな言葉を恥ずかしげもなく言うカレン。アルバフィカは顔が熱くなるのを感じた。彼の中で、聖域外の話を知っているカレンは物凄く興味深く、世界でもあった。隠れていた所から抜け出しカレンの背中に飛びつく。

「カレン!」
「あっアルバフィカ!遅いよ遊ぼう!」
「うん!…でも薔薇はもう食べちゃダメだよ」
「ええー…でも美味しいよ?」

悪戯っ子ぽく笑みを浮かべ白い指先で赤い花弁を1枚アルバフィカの唇に押し当てた。突然の行動にびっくりするもそっと口を開き花びらを噛んでみる。…毒と甘さが交じり合いアルバフィカは目を見開いた。

「……甘、い?」
「そうなの!しかもこの毒の強さ…早くアルバフィカに追い付きたくってさ」

にっこり笑ったカレンは毒薔薇の花園でも際立っていた。

こんな日々がずっと続けばいいのに…。そんな日常を、壊したのはそれを願ったアルバフィカ自身だった。


0702