小説 | ナノ



爽やかな空、柔らかい日差しが射し込む木漏れ日の下でエルヴィンは一人読書をしていた。
周りでは同じく休日を楽しむ訓練生の同期が何人か居て、ゆっくりと体を休めたりふざけあったりして賑わっている。

「こんなのところにいたの、エルヴィン?」

「やぁ、ナマエ」

ナマエはエルヴィンと同じ訓練生で、彼と仲がいい。
エルヴィンは今期の訓練生の中では大人しく堅物でそれ故に他の訓練生とうまくいかないことが多く衝突する事も少なくない。そんな時決まって間を取り持ってくれるのがナマエなのだ。
彼女を友人としてではなく「特別」だと気付いたのはいつだっただろうか。
辛い訓練の間に彼女が見せる笑顔が、エルヴィンは殊更に好きだった。

「また一人で読書?君らしいけど、もっとコミュニケーション取らなきゃ。」

ナマエはエルヴィンの隣に腰を下ろすと首を傾げて笑った。
まさにその笑顔で彼の鼓動は早くなる。
赤くなる顔を本で隠しながらエルヴィンは「敵わないな。」と愚痴った。
確かに兵士になるには集団行動とは何たるかを学ばなければならない。しかしエルヴィンはナマエさえ居てくれたら良いと不謹慎な事を考えてしまう。
ふるふると軽く頭を振ってそれを振り切ったエルヴィンはふとナマエと目が合ってしまった。失礼だと思いながらも目が離せなくて、綺麗に透き通った瞳に吸い込まれそうになる。
ずっとその笑顔を見ていたい。独り占めしてしまいたい。

「どうしたの、エルヴィン?」

きょとんとしてナマエが問うがエルヴィンは無言のままゆっくりと顔を近付けていく。自分でも何をしようとしているのかわからなくてエルヴィンは頭が真っ白になったが、その行為を止めることが出来ない。
そして二人の唇がふっと重なる。決して深くはない口付けが唇の天から熱を顔中に広げた。
木漏れ日が揺れてそよ風が吹く。短い時間がゆっくり滑らかに感じられた。

ばさり

エルヴィンの手から本が落ちた音に二人は一緒に驚いて、そして離れる。
心臓の音がうるさくて周りの喧騒が遠い。頭がくらくらして倒れそうだ。

「す、すまない…!」

ナマエの顔が見れない。自分はなんてことをしてしまったのかとエルヴィンは悔いた。
もう彼女の笑顔が見れないかもしれない。そう思うと彼の顔は赤からみるみる青に変わっていった。
ナマエから顔を逸らして俯くエルヴィンの心はじっとりと黒いもので覆われていくようで、そこから走り去らないのが不思議だった。
そんな彼を気遣うように、エルヴィンの手にナマエの手が添えられる。ごつく大きな自分の手とは違い細い指の小さな手。
唇よりも暖かい優しい熱がエルヴィンに伝わってくる。エルヴィンはナマエを見た。

「ナマエ…、あの…、」

口ごもるエルヴィンにナマエはにこりと微笑んだ。いつも見る彼女のままの笑顔にエルヴィンの心に安堵の気持ちが広がっていく。

「こういうコミュニケーションじゃ、なくて、ね?」

困ったように上目使いでエルヴィンを見上げながら、でも嬉しいと笑うナマエ。

「そうか、嬉しい…?」

「うん。」

エルヴィンはナマエの手をぎゅっと握る。つられてナマエも握り返した。きつく握られる二人の手。それはお互いの気持ちを確かめるようにゆっくり温かく刻まれていく。
ナマエの笑顔にエルヴィンは苦笑した。


ああ、ナマエ、独り浮き沈みする僕を君は知らないだろうな。
僕をこんなにするのは君一人だけだよ。





独り浮き沈む僕を君は知らない

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