小説 | ナノ



壁外調査なんていう自分から死にに行くような行為から生還した兵士の心はこれ以上ない程昂ぶるか、もう堕ちるところまで堕ちちゃったね、ってくらいに沈んでいるかのどっちかだ。
調査兵団に入団して一時は、帰還するたびに狂おしいほどの勢いで湧き上がる歓喜とか絶望とかそういう感情を何処にやればいいのかぜんぜんわかんなくて、ベッドで泣き喚いたりトイレで泣き喚いたり、シャワー浴びながら泣き喚いたりした。
「泣く」ってけっこう体力も気力も消費するからひとしきり泣いたらすぐ眠れる。
他人にどうやって対処しているかなんて聞けない。
だから帰還した翌日は目が真っ赤に晴れ上がってるっていうのがしばらくつづいた。

違う解消法を教えてくれたのはエルヴィン団長だった。
いや、違うか。
押し付けられたんだ。
教えられたんじゃなくて。



日も暮れ切っていない、カーテンも閉めていない明るい部屋にあさましいおんなの声がひびく。
ああこれ、わたしの声だ。
シーツを掴んでマットレスに押し付けた口から吐息が漏れる。
ほっぺたに濡れた髪がはりつく。
うしろから覆いかぶさったエルヴィン団長の肌とわたしの肌はこれ以上ないほど重なって、全身は汗なんだかそうでない別の何かなんだかよくわからないけれど、とにかくぐっしょり濡れていた。

おなかの中からあつくておおきいものが引き出されてまた入ってくる。
柔らかくて優しくていやらしいその感触に頭がおかしくなりそう。
いやもうなってるよ。お互い。

はじめて身体の関係を持ったのは彼が団長に就任してはじめて決行された壁外調査、それから帰還して廊下で事後処理に忙しい彼とばったり会ったときだった。
彼は彼で着替える暇もなくって、帰ってきたそのまんまの格好でうろうろしていて、わたしはわたしでシャワールームで散々泣いてしゃくりあげながら自室に戻っているところだった。

すごく信頼していた年下の同僚の生きている顔を見てもう我慢できなくなったらしい。
空き部屋に連れてかれて抱かれた。
これ以上ないってくらいに激しく。

以来エルヴィンは帰還するたびに部屋にやって来るようになった。
そうして抱かれる。
時には犯されるように、たまにびっくりするほど優しく。

セックスをしていると生きている実感が湧くらしい。
馬鹿じゃないの?
ほんとうに勝手で最低だと思う。
拒まなかったのはそれがわたしがどこかで望んだカタチだったからだ。
今こうなって幸福だと感じることがある。
つまりわたしもエルヴィンと同じくらい馬鹿なのだ。

「___ナマエ」
耳もとで名前をささやく。
あまく、あついあつい吐息を惜しげも無く浴びせて。
わたしの手を握る力が強くなる。
彼の腰の動きが今までにも増して力強くなって、声なんてがまんできなくなる。
おなかの下のほうに熱がぎゅっと集まって頭のなかがまっしろになった。
それとほとんど同時に、エルヴィンの小さなうめくような声が聞こえた気がした。



セックスのあとってなんにもしたくなくなる。
帰ってきてシャワーも浴びずにこれだからきっととんでもなく汗くさい。
でも動く気になれなくってこっちにおいで、というエルヴィンのふところに転がりこんだ。

カーテンも閉じていない窓から容赦無く光が差し込む。
馬鹿みたいに明るいしまぶしい。
濡れた肌が密着する感触が心地よくて意識が朦朧とする。
白昼夢。

やがてエルヴィンは身体を起こした。
「行くよ。そろそろリヴァイたちが探しているだろうから」
「たいへん。はやく行かなきゃね」
むっくり身体を起こして胸板に額を押し付けた。
うなじから背中へするりと、あつくてかさついた手が滑ってゆく。
「帰ってくる途中でもうナマエとセックスがしたくてたまらなくなってしまったんだ。部屋に着いてナマエを見たらもう我慢できなくて」
「あのさあ、トイレ我慢できなくて漏らしたみたいな言い方やめてくれる?」
「ははは」
「ちょっと」
リップ音と共に額にくちづけが降ってくる。
「愛してる」
「はいはい」
「生きて帰ってきてくれてよかった」
「はいはい」
「ありがとう。好きだ」
「はいはい幻想だからね。はやくお仕事しておいで」
乱れた金髪をくしゃくしゃ撫でると彼はまぶしいほどに青い目を細めた。
子どもか犬みたい。
この上なく下品でお馬鹿なやり取りなんだけどもうそんなことに構う気はお互いにないんだな。
余裕がないんじゃなくてもうそれでいいや、もう何でもいい。
好きとか嫌いとかそういう価値判断も馬鹿馬鹿しくなる。
出会ってしまったが最後だったのかもしれない。
ここが天国なのか地獄なのかはよくわからないけれど少なくとも今は快適で、たとえこの先が暗かろうが明るかろうがどっちでもいい気が最近特にする。
だからわたしは泣くことをしなくなった。






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