小説 | ナノ



夜の帳が降りて、窓から吹く風がカーテンを揺らす。部屋の中はライトのオレンジ色で満たされる。ああ、私の心の中もこんな風に満たされたら良いのに、とナマエは目を閉じて考えた。再び目を開くと、目の前にはエルヴィンが居た。



「ナマエ、結婚おめでとう」
「…ありがとうございます」
「ずるずると君を離さないで、すまなかった」
「いえ…その方が、良かったですから」

調査兵団の兵士が貴族に見染められて結婚を申し込まれる事は時々ある事だった。ナマエもその1人で、ナマエほどこの運命を恨んだ者はいない。いや、もう1人いたと言っても良いかもしれない。ナマエとエルヴィンは抗う事はせず、あっさりと、恋人という関係を捨てた。

ナマエは明日の壁外調査後、すぐに内地へと向かう。せめて最後の任務を務めさせてくれ、というナマエの最後の我儘だった。

「では、明日はご武運を」
「ああ、君も…」


ナマエはほとんどエルヴィンの顔を見る事なく、部屋を出ていこうとした。


「…っきゃ!エルヴィンさん!?」


エルヴィンはナマエの手を引き、開けられたドアを閉め、彼女を抱き締めキスをした。ナマエは一瞬抵抗したものの、すぐにおとなしくなる。悲しくて、涙がぽろぽろとこぼれた。ナマエも結局エルヴィンの背中に手を回す。その口付けは誰にも止められる事なく、深く、深くなっていった。



ナマエの白い肌が露出した身体はエルヴィンと共に白いシーツに沈む。エルヴィンはナマエの背中側からその肌に手を這わせて、ぐっと自身をナマエの奥へと沈めた。


「はぁ…、最後まで素直にはなってくれないな」
「…なっても、あっ、どうにも…ならないです、んっ」
「君が嫌だ、と一言言えば良いんだ。」
「ひぅっ、んあっ…ごめっ、なさい…!!」
「今だって、…っは、断ればいいだろう?」
「んああっ!あ、あ…っう…無理なのっ、わかってるくせに…っ」


エルヴィンは、兵士ながらも華奢な彼女の肩甲骨にキスを落とす。兵団の貴重な資金の大半を占めるのは貴族からの寄付である。それを断る事は、兵士間での暗黙のタブーだ。ナマエの為に兵団を捨てる事などできるだろうか。調査兵団の最高位に立つ者として、自分の希望を優先できないなら、今だけは。


ポタリ、と彼の崩れた髪から汗の雫がナマエの背中に落ちる。


彼女との最後の情事はまるで、快楽と後悔の狭間いるようだった。






「…死者23名、負傷者47名、以上です。これ以降の報告は後任の者に任せます。」

今日死ねたら良かったのに、とナマエはぼんやりと考えながら報告を済ませた。

「ああ、ご苦労」
「では、今までありがとうございました。」
「はあ、ナマエが居なくなるなんて寂しいよ…!」
「ありがとうございます、ハンジ分隊長。いつか、また。」
「元気でね!」
「ハンジさんも。…失礼します。」

ナマエはその場に居た幹部達に頭を下げ部屋を出た。あとは内地に向かう定期船に乗るだけだ。


「良いのかい?エルヴィン。」
「止めた所でどうにかなるのかい?」
「私は君達が幸せになれば良いのにって思って止まなかったよ。本当に残念だ。本当にね。」
「…残念だな」
「君が今からどこに行くかなんて聞かないよ」
「ああ、あとは頼んだよ、ハンジ」
「任せて」

ハンジは怖い物など無い、とでも言うように笑った。






ああ、これで私の人生は終わるのだ。

ナマエは人がごったがえす船着き場で、乗船確認を受ける。

これで良かったのだ。良かったのだというか、好きな人と一緒に居るために全てを投げ出せる程、純粋無垢には生きられないなんて、世の中は残酷だと、ナマエは行き交う人々を眺めた。

「ナマエ・ミョウジです」
「ミョウジさんね…えー、あれ、ちょっと待って下さい」

戻ってきた人物が告げた言葉は意味がわからなくて、ナマエは思わず聞き直した。

「ですから、今日ミョウジさんは亡くなってしまったと、親族の方から連絡が来てまして…。間違いでしたか。乗船はできますので、どうぞ」
「あ…いえ…待って!間違ってません…!」
「え、あの、ちょっと…!?」

ナマエは振り返って、人混みの中に突っ込んで行った。
なかなか前に進めない事に苛立ちを覚える。ふと、頭に浮かぶ人物らしきものが眼に入ると、ばっちりと視線が合った。

「すみません、退けて…!」
「…ナマエ!」
「エルヴィンさん…!!」

人混みを掻き分けて2人は手を取り、ナマエはエルヴィンの腕に強く引かれそのまま彼の胸に飛び込んだ。

「嫌だった…ずっとずっと嫌だった!死ねば結婚しなくて済むと思ったけど、死ぬのが怖くて、結局…!」
「やっと素直になってくれたな、ナマエ」
「嫌だ、行きたくない…エルヴィンさんと居たい…っ!」
「ああ、君は死んだ。今日の壁外調査で死んだんだ。巨人に食われた事により残ったのは左腕のみ。その計報は亡くなった別の女性兵士の左腕と共に君が内地に着くはずだった頃にあちらに届く。もう兵士としては生きる事はできないが」
「…っ、はいっ…」
「すまない、このやり方でしか君をそばに置いておけなかった」

その言葉にナマエは首を振った。エルヴィンは涙で濡れた彼女をどんな手でも使ってでも手にしようとしたのだ。


今日の壁外調査でナマエは死んだという報告がされた。



「ナマエ、一緒に生きよう」




全てを捨てて
世界で最後の真実と共に


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