小説 | ナノ



「リヴァイ兵長と一緒に、ですか。」

今まで「はい」だとか「わかりました」と抑揚なく言うだけだった声が急に不機嫌の色を混ぜてそういった。
エルヴィンは読み上げていた書類から目を離し机の向こう側に立っている女を見る。
両腕は後ろで組まれ、肩幅程度に開かれた足のつま先が苛立ったように上下してこつ、こつ、と音を立てる。

ナマエ・ミョウジがリヴァイに好意的な感情以外も持っていることをエルヴィンは分かっていた。
だが作戦上同じ班になってもらうことが必要だと判断したのだ。個人的な感情で命令に背くなど許されるはずがない。

「不服か。」
「…そうですね。」

考えるような間の後にナマエはそういった。人類最強と謳われる男は、ナマエのような平凡な女からどう映るのだろうか。
なぜ不服なのか。そう問われたナマエはそうですね、と一呼吸おいてから嘲るように笑った。

「リヴァイ兵長の才能はすさまじいものです。尊敬もしています。ですが、妬ましいんですよ。
あれだけの才能があれば死なない。富も名声も手に入る。羨ましい、そういう感情があるんです。」

嘲りが誰に向けたものかエルヴィンにはわからなかったが、誰に向けたものでもよかった。
制御しきれない羨望と妬み。死にたがりのナマエ・ミョウジは生きることに執着しているからこそリヴァイにそういう感情を抱くのだろう。

人類最強。死のそばに存在するが死から遠い存在。事実がどうあるかは別として、多くのものからそう思われている。
リヴァイという男はその他大勢とは馴染めない。
対してナマエ・ミョウジはその他大勢に埋没してしまうような女だ。
個人的な感情や関係に口を出すなどということはしないがしかし、それが原因で兵団に亀裂が生じるのは避けたかった。
壁内の人々のために、という謳い文句は随分と使い古されているが効果的であることをしっている。
その他大勢に埋没してしまう女だからこそ「壁内の人々」という大枠を突きつければ流れに逆らうことなどできない。

卑怯だとか、そういうことは思わなかった。壁内の人々のために、という免罪符はエルヴィン自身をも包んでいる。

「ナマエ・ミョウジ。我々は壁内の人々のためにある。」

ナマエはそれを聞くと苛立ちを表すように上下させていたつまさきをピタリと止めた。こつ、最後の音が響き終わるとあきらめたように笑う

「そうですか。ええ、そうですね。そのために心臓をささげましたから。
不平不満をいって申し訳ありません。エルヴィン団長の命令通りにいたします。」

胸にこぶしをあててそういったナマエはエルヴィンの返事を待たずにさっさと部屋を出ようとする。ドアノブを回しきる少し前に、首を傾けてこちらを見る。

「もしも、もしも私が壁内の家畜どもではなくあなたのためにここにいるのだとしたらどうしますか?」

静かな部屋だからこそその小さな声はよく響いた。エルヴィンは一度瞬きをしたあとに「さて、どうしようか」と返す。
ナマエはそんな返答でも満足したのか口角を上げるとふふふと笑い声をあげる。

「冗談ですよ。冗談。私がここにいるのは自分のためです。死にたがりのくせに生きることに貪欲な私の死にたいという欲求を満たすために、自分のためにいるのです。
ああ、あとついでに、あなたのそばにいたい、という自分の欲求を満たすためでもありますね。では、失礼しました。」

ばたん、と扉が閉じる。
ナマエの残して言った言葉が本心なのか、それとも不服のある作戦に参加させられることへの腹いせを含めてエルヴィンを馬鹿にしたいのかはわからなかった。
しかしどちらにせよナマエがナマエ自身のために調査兵団に属しているというのならば死ぬまでエルヴィンの手中にあるということだけは不変の事実であった。



( 欲を鏤める女 )


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