小説 | ナノ



たとえばベッドの中で、私を抱く彼はいつも私ではないどこかを見ている。
たとえば朝になって、私を捉える彼の瞳はいつも悲しげに揺れる。
たとえば眠っている彼を見ているとき、彼はいつも私ではない誰かの名を囁く。
そしていつも名も知らぬ誰かの面影を追いかける彼を見るたび、私の胸は疼く。

不毛な恋をしている?
そんなこと、もう分かってる。




「もう君とも長くいるね、ナマエ」
「貴方にとってはそう長くもないでしょう」
「それもそうだな」

否定しないのか。
陰った気持ちを隠すように私は手の中の薔薇色の液体に用心深く口をつけた。


短い一日が終わりシャワーで疲れた身体を濡らしたあと、こうしてエルヴィンのいる執務室へ赴くのはもうほぼ日課となっていた。
今夜も扉を開け、ソファに座っている彼の横に寄り添うように座る。
エルヴィンは書類を読んでいた。

「味はどうだ」

私がワインに口付けたのを確認したエルヴィンが静かにたずねた。
この部屋にあまり似合わない馨しい香りが喉を通りぬけるのを感じる。
正直なところ安酒しか飲んだことがないので美味しいかどうかは判断しかねるが、貴族たちとのパーティーで貰ったものとあればそれなりに値のつくものだろう。

「美味しいです」

すこし強張った顔で頷くと、ふ、と聞こえる小さな笑い。
おもわずむ、と彼を見つめる。

「いや、君が余りにも注意深くこれを飲むものだから気になってしまってね。すまない」

申し訳なさそうに、でもまだ口元に笑みを浮かべて私の濡れた髪をいじる彼はずるい。
久しぶりに楽しげな彼を見て体の中心にやさしい熱が集まる。
こういうものは、いくら不毛な恋だとしたって、惚れた方の負けなのだ。

「私はこんな高価なものなど飲み慣れていませんので。それにしても、これはいつもらってきたのですか」
「ああ、今日だよ。お嬢様がたに午後のパーティーに呼ばれてね」
「今日、ですか。休日くらい少しは休んではいかがです。貴方は過労と心労でいつか死んでしまうんじゃないですか」
「そんなことはないさ、ナマエ」

持っていた書類をぱた、と置いて突然エルヴィンが私を抱き上げた。
あまりに突然だったのでまだ少し残っていたワインが服に掛かってしまった。
やさしくベッドに下ろされ、手の中から空っぽのグラスを取り上げられると同時に大きな熱が私のうえに覆いかぶさってきた。
二人分の、(ましてや一方は190cmの巨体)重さに木のベッドは悲鳴をあげている。
何時ものことながらぎしぎし鳴るベッドを危うげに見つめる。いつか壊れるんじゃないか、これ。

「ナマエ、」

熱を帯びて掠れた声が鼓膜を揺らす。
ベッドから彼に視線を向けると、息をつく間もなくキスをされた。
食べられてしまいそうな、深いキス。
くちづけを交わしながら、彼の青い瞳に目が行った。
何もかも移しているようで、なにも映さない彼の瞳。

ああいやだ。

だってその青い世界の中に私はいるはずなのに、どこにもいない。
先の楽しげな笑みなど遠くに捨てて、その瞳はただ私という存在を反射しているにすぎないのだ。

「貴方はいつも誰をみているの」

くちびるとくちびるが触れてしまいそうな距離で、ぼそりと囁いた声にエルヴィンはほんとうに一瞬だけかたまった。

「誰、とは?私の前には君しかいないよ」
「では趣向を変えて、貴方は私を愛していますか?」
「もちろんさ」
「嘘つき」

彼の逞しい鍛えあげられた左胸に手を置いて、そこから伝わる隠しきれない鼓動に目を細める。

「貴方の心臓は、もう捧げてしまったんですね、エルヴィン」

どうかこの本当の意味には気づかないでいて。

「ああ、この心臓はすでに捧げられた」

それは一体誰に、とは聞かないでおく。

「君だってそうだろう」

そう言ってまた口づけを落としてきたエルヴィンに、私はそっと目を閉じた。







朝、目が覚めて、ひとりベッドから身体を起こした。
ひどく隣が冷たいが、これもよくあることだ。慣れている。
ああ、でも、この頬を伝うなまあたたかい感触は、いつまでたっても慣れないのだ。


月曜日の朝になって彼が消えたことを知る


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