小説 | ナノ




「死ぬ時ってさあ」
ベッドに腰掛けて息を整えるエルヴィンに、気だるく話しかけた。
喉に絡みついた精液を飲み込んだつもりだったけれど、声がまだ掠れている。
汗の匂いと、私の体の女の匂いが染み付いたベッドの上で転がって、シーツの冷たさを感じていた。
漏れた言葉はシーツに吸い込まれそうだったけれど、エルヴィンにはちゃんと聞こえていたようだ。
こちらを見た目は、まだ性欲に吸い込まれてしまいそうな目をしている。
「痛いのかなあ、怖いのかなあ」
私のくだらない質問に、耳を傾けたと思ったら、即答された。
「死ぬ時によるんじゃないか。」
千差万別とでも言いたげな口調で答えると、エルヴィンがベッドに寝転がり私に寄りそった。
汗の匂いが鼻について、先ほどまでの行為を思い出させる。
どちらの汗か分からないもので額に張り付いた髪を、そっと指で掬う。
大きいのに繊細そうな手、それが私に触れるだけでも十分なのだ。
「エルヴィンは君の顔を見て死ねたら幸せ、なんて言いそうにないものね」
口元だけで苦笑いをしたエルヴィンが、私の後頭部を手で覆う。
頭の裏側に、熱を感じた。
この熱さを全身で感じるのが心地いいのだが、気だるさの中に熱さは安堵を増すだけだ。
「ナマエの思い込みだろう。」
「じゃあ私が汚物まみれで死んでたら、キスしてよ」
「構わない。」
「嬉しいわ」
「私がそんな性癖を持つ人間に見えていたのかい?」
「独断と偏見よ」
エルヴィンにキスをすると、即座に舌が絡み付いてきた。
唾液の味よりも、汗ばんだ額のほうに目がいく。
口を離して、だらしなく開けた唇のままエルヴィンを見つめていると、頭を撫でられるように髪を触られた。
「死んだ時に誰の顔が浮かぶか、分からないものだ、ナマエ。」
こういった行為をしたあとに死について談義するとは、これいかに。
頭を撫でられ、気分がいい。
「死に際のことばかり考えないでよ」
話題をふった私が、エルヴィンの思考に釘を刺した。
これでも振り回しているつもりなのだが、随分と子供だと思う。
「そうだな。」
私の顔を見て、ベッドから起き上がって投げ捨てていた下着を見に付け始めた。
逞しい筋肉が窓から僅かに射す月明かりに照らされて、とてもいやらしい。
暗がりで見る男の人の裸というのは、性欲を刺激される。
「じゃあ別のことを考えなさい。」
「ああ、そうね」
別のこと、と言われ、私は別のことを考えた。
それでも、行き着くのはエルヴィンのこと。
シーツの海から起き上がり、座り込んだまま考える。
乱れた髪の毛が、肩にかかって、ふわりと匂う。
下着を身に突け、シャツを着るエルヴィンをただ見つめたあと、考えた挙句のことを喋った。
「自分の知ってることを、沢山知ってる人が好き。私が到底知らないようなことを、知ってる人」
裸のままベッドに座る私を一瞥したエルヴィンが、微笑む。
「別にナマエは無知じゃないだろう。」
「どうかなあ?」
わからなさそうに言ったけれど、言いたいことは決まっている。
「ねえ、みんな死ぬ時どんな顔して死んでいくの?」
シャツのボタンをとめていたエルヴィンの手の動きが、すこしだけ緩やかになる。
その様子を見て感情が沸きあがる私は、探究心があるのか野次馬なのか。
決めるのはエルヴィンだ。
髪の毛を触って、毛先を見る。
精液らしきものがこびりついていたので、風呂に入らなければ。
毛先を舐めると、いつもの味がした。
「次の壁外調査のあと、教えてよ」
私が悪戯っぽく言うと、エルヴィンも静かに微笑んだ。
「どうやってみんな死ぬの?」
「悪趣味だな。」
棘のない言葉。
この人は、いつもこうだ。
精液のついた髪を舐める私を、心底性欲に支配された目で見るエルヴィンは、とても好きだ。
「食われて死ぬの?それとも、兵士同士の仲違い?勝手に死んじゃうとか?」
「さあ、分からないな。」
「団長さんでも、わからないことがあるんだ」
「それだけ死に際に理想を感じてると、死ねないぞ。」
服を着終わったエルヴィンが、そっと私の隣に座る。
乱れた体を撫でられ、思わず笑みが零れた。
整った顔をしているのに、口から出る言葉は悪意も棘もない。
「誰かみたく?」
悪戯のように問いただして、裸のまま立ち上がり膝に跨る。
ズボン越しのエルヴィンの体が、とても温かい。
綺麗な目の色を一切変えず、紳士的な微笑みを向けたまま私を抱きしめる。
「その通りだ。」
目の前の手放したくない余裕と、いつか手放すものへの理想。
「ねえエルヴィン」
「なんだ。」
「もし死ぬなら、どうやって死にたい?」
「そうだな、自分が生きるために死にたい。」
「大層な理想ね」
「なんとでも言うといい。」
その二つがあるだけでも、幸せなのだ。




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