先日のイケメン肩たたき大作戦は見事失敗に終わり、今日もわたしの肩は重いままだった。 「行くよ、ホシ……」 放課後の日課となっている愛犬ホシの散歩に、文字通り体を引きずりながら家の門をくぐる。 最近は特に重くなってきていた。何かが乗っているような、そんな錯覚さえ覚えるほどだった。 足元のホシは対照的に元気いっぱいで、羨ましいどころか恨みがましくなってくる。スキップするように飛び跳ねながら進むホシにため息を送って、いつもの散歩コースに沿って歩いていく。 しかし、コースの半分も進まないうちにどんどん両肩に重圧が掛かっていく。本当に何かにのしかかられているような感覚だった。足を上げることさえ難しくなって、ともすれば倒れてしまいそうだ。 そんなわたしに気付いたホシが小さく鳴きながら顔を覗き込んでくる。大丈夫だよ、と頭を撫でてあげても、ホシの目は変わらなかった。 「っ……」 やっとの体で足を踏み出すと、とたんに視界がぐらりと揺れる。肩に掛かる負荷が増して、息が詰まった。 遠くの方で絹を裂くような鋭い音がする。その正体が何か、顔を上げて見ることさえできなかった。 「みょうじさん!」 聞き覚えのある声と共に、体が斜め前に引っ張られ、わたしは抵抗することもできず何かにぶつかった。その瞬間、クラクションがわたしを押し退けるように通り過ぎる。 衝撃によって閉じていた目を開けると、視界が黒に覆われていた。そこから顔を出せば、車が走り去るところだった。 「もう少しで轢かれるとこやったで」 ふわりと良い匂いがした。ぼんやりする頭はそんなことしか考えられない。荒くなった息を抑えて顔を上げれば、制服姿の白石くんと至近距離で目が合った。 「し、しら……」 「……体、しんどいんやな」 石のように硬くなった肩に、白石くんの温かい手が触れている。そこからじわじわとほぐれていくようで、とてつもなく心地良い。 いろいろな意味でうまく声を出せないわたしに、白石くんは眉を寄せる。そんな表情もやっぱりかっこいい。なんて思えるのだから、わたしはそれほど辛くないのかもしれない。……いや、やっぱり辛い。 「待っとって、今楽にしたるから」 「え……?」 上から白石くんの穏やかな声がする。背後でじゃら、と音がして、白石くんの手ともうひとつ、ごつごつしたものが背中に触れた。 何だろう、と思う間もなく、肩に掛かっていた重圧が溶けるように消えていった。息苦しさも嘘のように無くなり、新鮮な空気が胸いっぱいに取り込まれる。 「どや、軽うなった?」 わたしの肩に手を添えたまま、白石くんが顔を覗き込んでくる。しばらく深呼吸していたわたしだったけど、その距離の近さにようやく気付いて飛びすさった。 「わ、わ、ごめんなさい!」 久しぶりに軽くなった体は違和感しかなく、飛び退いたはいいものの足元がふらついてしまう。それでもなんとか倒れずに姿勢を保つと、白石くんはくすくすと笑った。 「そんだけ元気ならもう大丈夫やな」 「は、はい! そりゃあもうすっかり元気いっぱいです!」 「ほんなら良かったわ」 無表情でもかっこいいというのに、笑顔なんて反則級の威力がある。それをまともに受けてしまったわたしの顔は、沸騰したかのように熱くなった。 「……ホシ?」 赤くなった顔を隠すために俯くと、傍らにいたホシが鋭い牙を剥き出しにしていた。牙と同じくらい鋭い目は、白石くんをまっすぐに捉えている。 「めっちゃ警戒されとんなあ」 唸り声を上げるホシに不快な顔を見せることなく、白石くんは笑っていた。優しい白石くんに何度も謝って、わたしは首をかしげる。 「でもホシ、人懐っこいんだよ。どうしちゃったんだろ……」 ホシは拾った時から人見知りとは無縁な犬だった。それが今は、見たことのない顔で白石くんを睨みつけている。 「みょうじさんを取られるって思たんやろか」 「え、ええっ」 ホシを見下ろして首をかしげていると、白石くんがとんでもないことを言い出した。急いで顔を上げたわたしを見ても、白石くんはにこにこしているだけだ。 「堪忍な、君のご主人に手ぇ出してもうて」 「し、白石くん!」 「ははっ、冗談やって」 続けざまに言う白石くんに抗議すれば、彼はさらに表情を崩した。そんな顔もやっぱりかっこよくて、わたしはそれ以上何も言えなくなってしまう。イケメンずるい。 「なあ、後ででええんやけど」 白石くんはひとしきり笑ったあと、少しだけ表情を引き締めて言った。その様子に、膨れていた頬がしぼんでいく。 「その犬のこと、詳しく教えてくれへん?」 ホシを見下ろす白石くんの目は、獲物を狙うかのように鋭いものだった。 written by なつや |