私はとある目的地へ向かう為に廊下を歩きながら、家から出ると途端に体が重くなる現象についてとその解決策を考察していた。

結局、謙也、千歳と私が思うイケメン(謙也は客観的に見たイケメンの部類に入る)に肩を撫でてもらったけれど、今のところ私の体を軽くできるのは白石くんだけだった。イケメンの部類によるのか、状況によるのか…。千歳には朝と夕方の2回試すことに成功したけれど、結果はどちらも変わらなかった。ということは、やはりイケメンの部類ということか。美少年、ハンサム、イケメン…白石くんはどの部類においても1位をキープできるくらいの容姿をしている。千歳はどちらかというと美少年、というよりハンサムに近い部類か。ならば私基準のハンサムの部類では意味がない…そういうことだろうか。顎に手を宛てがいながら廊下を歩く。

「あ、ねえちょっと」
「何や、俺か?」
「そうそうそこのイケメンのあなたです」

パッと顔を上げるとちょうど隣のクラスから割と顔の整った男子が出てきた。ふむふむ、イケメンだ。しかも分類すると美少年に近い感じ。名前も知らない男子に、そのまま千歳と初めて会った時のように「ちょっと私の肩を撫でて」と思い切ってお願いしてみた。私を全くといっていいほど警戒せず、言われた通り素直に肩を撫でてくれた千歳とは違って、この男子生徒は怪訝そうに目を細めた。

「何で俺がそんなこと…」
「き、記念に!お願いします」

何の記念だというのか、きっと目の前の男子は思っただろう。私も思う、何の記念だ。必死に顔の前で両手を合わせ懇願する私に負けたのか男子生徒は仕方ないという顔で肩を撫でてくれた。うん、なんともない。全然軽くならない。

「これでええんか?」
「ああ、うん…貴重なデータがとれました」

ありがとうそれじゃあ、と既にイケメン男子から興味をなくした私は彼に軽く手を振り通り過ぎる。後ろでちょお待てや何やデータって、何がしたいねんなんて声が聞こえるがもうどうでもよかった。あのイケメンじゃ私の肩の荷を下ろすことはできなかったのだ。私に効果をもたらすのは美少年の部類ではないということか。いや、それとも今の男子に私に対するホスピタリティが足りなかっただけなのか。そういえば白石くんはホスピタリティ精神に溢れた人だった。むしろ存在がホスピタリティ……あれ、ホスピタリティってなんだっけゲシュタルト崩壊しそう。

目的の場所へ向かう間に、見かけたイケメンにこの際恥を捨て片っ端から声をかけ肩を叩いてもらったけど、みんな結果は同じで終わった。得られた情報といえばイケメンは割とこれくらいの要求なら呑んでくれるということだ。まあ怪しむような目をする人もいたけど。学年の中でもイケメンと持て囃されている男子にも声をかけたのだが、やっぱり学校1のイケメン白石くんには遠く及ばないのか彼も他の男子生徒と結果は同じだった。イケメンレベルでいうと白石くんには劣るものの、他よりも高いのに。

目的地から教室へ戻り、自分の席に着いて早々溜息が出た。それはいい結果が得られなかったからだけで出たわけではなく、他人の容姿をランク付けし、顔が全てだと言わんばかりの自分に嫌気がさしたからだ。いつからこんな嫌な奴になったんだ。自分がつらいからって、楽になりたいからって、他人の顔で差別行為をするというのはどうなのか。自分の顔面偏差値を棚に上げて何様のつもりだろうか。でもこの肩の痛みも足の重さもつらいのだから仕方ない。自分なりにできることを探しているつもりなのに、自分のしていることを肯定してやれない。これが所謂ジレンマというやつなのだろうか。

教室の隅で談笑していた謙也が、席に戻ってきて開口一番に辛気臭い顔すんなと声をかけてきた。辛気臭くもなる。謙也の顔を見ながらもう一度大きな溜息を吐くと人の顔見て溜息を吐くなと怒られた。ごもっとも。

「ま、これやるから元気出し」
「めちゃくちゃいらない」
「せっかくやるって言うとんのに…もうええわ、後でほしいって言ってきてもやらんからな」
「生涯言わないと思う、安心して」

差し出された謙也の変な形の消しゴムコレクションを突っ返す。謙也はブーブー言うけど好みじゃないものをもらってもしょうがない。それにもらった所で、使ってるところを見たら絶対「あああ俺の大事なコレクションがぁぁぁ…そ、そない乱暴にノートにこすりつけんでもええやん鬼か!」なんて言って泣くのが目に見えている。
いらないいらない、そう言っているのに「ええから貰えや!」と無理やり握らされてしまった。もうええわ、って一回諦めてたじゃん!生涯いるなんて言う事ないとまで言ってるのに!後で返してって言っても返してやんないから!別にこんなのちっとも全然、これっぽっちも欲しくないし、いらないんだけど!


「そういやトイレ行くだけやったのに随分長かったな」

押し付けられた変な形の消しゴムをスカートに適当に突っ込んでいると、謙也が下品なことを言ってきた。こいつの金髪に墨汁ぶっかけていいですかいいですよね、誰かいいと言って。
決してウから始まる行為をしていたわけじゃないことを理解してもらう為に、これまでの経緯を説明してやると「お前は変態か!痴女か!」と大声で言われた。クラスメイトの視線が集まってしまった。よし、今日の帰りに墨汁を調達してこよう そうしよう。
痴女だと思われたままでは癪なので、謙也に私の中に浮かんだ仮説を説明していく、まあ大体話してあるから知っているはずだけどおさらいだ。
自室にいる時は元気だし、家の中ならバク宙しそうなくらい軽やかに動き回れる、そこまで伝えると即座に「お前、バク宙もバク天も出来んやろ」とツッコミが入った。うるさい、例えだ水を差すなと黙らせ話を続ける。
―――それが家を出た途端、何かがのしかかったように肩が重くなり、だんだんと体が重くなっていき体を動かすのがきつくなっていくのだ。それが、この前、謙也に肩を叩かれても千歳に撫でてもらってもなんともなかったのに、白石くんに肩を撫でられただけでそれまでに蓄積された重みが一瞬にして消えたのだ。私の中でイケメンには癒し効果があるのではという仮説が生まれ、それを試している最中だということを説明する。これを私はイケメンマジックと呼んでいる。
そこまで言い終えると謙也は顔を引き攣らせながら、アホがおると震える声で呟いた。ムカッとしたので「ちなみに謙也はなまえちゃんのイケメンフォルダから除外されてるから」と言ってやった。何でやねんってツッコミが入るけど、私から見たら謙也はイケメンではないのだから仕方ない。謙也の幼少期からの痴態を見てきたせいかもしれない。




***



一日の終わりの鐘と同時に、机に広げていた教材たちを鞄に詰め込み忙しそうに教室から出ていく者、部活に向かう者、各々が放課後の活動に向けて動き出す中で私は一人机の上に倒れ込んだ。やっと、全部の授業が終わった…これで帰れる。だが、待ちに待った放課後だというのに憂鬱な気分は晴れそうにない。
1日でだいぶ重くなったこの体を引きずって今から家へ帰らなければならないのだ。家に帰りたくないわけではなくて、自室に戻ればこの体の苦痛から解放されるのだからむしろ自室に今すぐにでも飛んで行きたいくらいなのだけど、帰るまでの体力があるかが心配なわけで。足に鉛でも巻き付いてるんじゃないかと疑うくらいに、一歩踏み出す為に足を持ち上げるのにも一苦労する。帰りなんてその日の重圧がこれでもかというくらい蓄積されているのだ、一苦労どころの話ではない、二苦労も三苦労もあるというもの。しかも今日に限って特にひどい、いつも以上に体が重い。
数秒考えて、このまま一人で帰路につくのは危ないと判断し、部活に向かおうとしている謙也を呼び止めた。幼馴染が同じクラスで隣の席で家も近所っていうのは本当にありがたい。たまに家でも学校でも顔を合わせてうっとうしいとか思ってたけど、ごめんね私が間違ってた。

「おお、いつにも増してキツそうやな」
「でしょ…それでさ」
「おん何や?」

こんなになっている私なんてもう見慣れてしまったのか、薄情にも謙也はさして心配していない様子でどうしたと訊く。幼馴染がこんなに苦しんでいるのだもっと慌ててほしい。何の役にも立たない謙也だけど、もうちょっと心配そうな素振りしてくれてもよくない?
謙也が熱出した時なんて心配すぎて、学校の途中にも拘わらず謙也の家にすっ飛んで行ったというのに!おやつのプリンも恵んでやったのに!この薄情者!鬼!悪魔!謙也のアホ!
毎日のことだと言ってもあんまりだ、あんまりだ!もっと心配しろ!もっと眉毛八の字に下げろ!なんて本人に抗議する元気もなく、仕方なく本題を切り出した。

「今日一緒に帰ってくれない?」
「え、今日そんなつらいん?」
「ん、たぶん一人で帰れない」

そこまで言うと謙也はいつもと違うとようやく理解してくれたのか、心配そうな顔で背中を摩りながら大丈夫か聞いてくる。いざ本当に心配されると、なんか申し訳ないな…なにこれ私めんどくさいキャラか。

「お前んちの母ちゃんは?」
「今日帰り遅いみたい」
「そっか解った。保健室で寝とくか?帰りはおぶったる」
「一人でいるの嫌だから練習見てる」
「子供か」

駄々をこねる私に呆れるけど、それでもしゃーない奴とわがままを許してくれる謙也はやっぱり優しい。
私の分の鞄を持った謙也の後に続くように席を立つ。ここからグラウンドまでちゃんと行けるだろうか。のろのろと歩く私にしびれを切らした謙也が肩を貸してくれた。謙也に半分くらい体重を預け、引きずられるような形になってだいぶ進むのが楽になった。
謙也が小さく低い声で「お前、ちょっと…いやかなり太ったか?」と言う。失礼な。むしろここ最近痩せたわ。そう言うと嘘やろと盛大に驚かれた。そもそも謙也私の体重知らないじゃん、痩せる前の体重も知らないじゃん!

「なまえこんな重かったか?」
「私の重さなんて知らないでしょうが」

それもそうや、と謙也は不機嫌な私を残し一人納得して改めて前を向いて歩きだした。
着替えに向かう謙也と分かれ、コートの近くに腰かけるとよく謙也と一緒にいる2年生の子が私に気付いてぺこりと軽く頭を下げた。
そうだ、彼もイケメンじゃないか!テニス部にまさかこんなにイケメンが揃っていたなんて!2年のあの子のことをすっかり忘れていたなんて!

「えーと、んー、ぜんざいくーん!」
「………財前っスけど」

こいこいと手招きする私に、名前を間違えられ露骨に嫌そうな顔をした善財、もとい財前くんが渋々と近寄ってきてくれた。ごめんと謝ると別にええですけどとぶっきらぼうな返事が返って来る。盛大に怒ってらっしゃる。

「ちょっとお願いがあるんだけど」

まあそこにとりあえず座ってよ、そう言うと財前くんは「何ですか?」と素直に目の前に腰かけてくれた。この子いい子じゃないの。やっぱイケメンってある程度のお願いなら聞いてくれるのかしら。ちょっと不愛想だけど。

「あのね、ちょっと私の肩をとんとんって叩いて欲しいんだけど」
「…はい?」

彼は肩眉を上げ、何を言い出すんだこいつという目で私を見た。

「うん、わけわかんないと思うけど、それだけでいいからお願い」

三つ指をついて深々と頭を下げると、嫌々ながら引き受けてもらえた。そして目の前の財前くんは「ええですか」と両手を私の両肩に手を置こうとする。

「あ、ちょっと待って!」
「何ですか」
「私の重りが取れますように、軽くなりますようにって念じながら撫でて!」
「はあ?アンタさっき叩くだけでええ言うたやないですか」
「いいからいいから!」
「なんなんや…」

新手のダイエットか?なんてぶつぶついっている財前くんがポンと手を肩に乗せる。何やらぶつぶつ聞こえるが、頼んだ通り私の肩の重荷が取れるようにお願いしてくれているのだろうか。まあいいや。それにしても、この子も結構なイケメンだな…。さっき肩を撫でてもらった学年1のイケメン(白石くんは学校1だから!学年1より上だから!)の彼よりも整った目鼻立ちをしている。

「これでええですか?」

名残しくも離れていった財前くんの手を目で追いながら、自分の肩に手をあててみる。今度こそはと期待していたのだけど、どうやら彼でも私の体を軽くすることは出来なかったようだ。よく見ると顔は整っているしイケメンだけど、ピアスをジャラジャラ、あの千歳よりもたくさんのピアスをつけている。千歳属性だったというわけか。やっぱり白石くんじゃないとダメなのかもしれない。

うーん、と考え出した私をよそに財前くんは「ん」と手を差し出してきた。それに同じ言葉に疑問符をつけて返す。

「まさかタダでこんなことさせたんとちゃいますよね」
「え、まさかこれくらいで見返りを求められてる?」
「これくらい?」

ぴくりと財前くんの眉が不機嫌に歪む。あ、やっぱこの子不良だったのかなあ、だからダメだったのかなあ!
でも彼の言う通り、私の都合で付き合わせておいて、こんなこととは流石に彼に失礼だったかもしれない。私にとってはこれくらいのことだったとしても、彼にとっては貴重な部活の時間を私に費やし、色々と注文を付けられながらも頼みを聞いたのだ。これくらい、と言われ気に障るのも当然のことかもしれない。
一応ポケットを漁ってみるが、何か彼が喜びそうな物なんて持ってるわけない……

「仕方ない、これを君にあげよう」

はい、と差し出された彼の手に謙也に(無理矢理に)貰わされた変な形の消しゴムを落とす。

「何スカこれ」
「お礼の品ですが」

財前くんは目を細めながら見てから、指先で摘まんだソレを「いらんわ、こんなん」とぴしっと指で弾く様に地面に投げた。というか叩きつけた。
コロコロと転がった消しゴムは、誰かの足に当たり動きを止める。消しゴムを止めたつま先から上へ視線を動かすと、なんとも言えない顔をした謙也が立っていた。

「…お、お前ら…」

わなわなと震える謙也から逃げなければと立ち上がろうとするも、体が重くてなかなか立ち上がれない。「なんや めんどくさいことになりそやな」と小さく呟いた財前くんはさっさと立ち上がり、私を置いてその場を後にしようとする。
そうはさせるかと「それ投げたの財前くんだから!」言いながら財前くんの足にしがみつく。逃すまいと足にきつくまとわりつく私の頭を財前くんの手が押さえつけてくる。

「はあ?ちゅーかアンタ誰やねんさっきから」
「3年2組みょうじなまえ!謙也の幼馴染!よろしくね」
「何がよろしくや、離せ重い!」
「絶対いや離さない一人にしないで!」
「知らんわ!」


「許さへんでお前ら!」


コートにいるほとんどの部員達が私達に注目する中、謙也の怒号が響き渡った。
謙也の消しゴムコレクションに関わるとロクなことない!


written by 社