「行ってきます」
 おかんに声を掛けてドアを開ければ、そこにはちらほらと人ではないものがうろついとった。いつも通りの光景にむしろ安堵さえ覚えながら歩き出す。
 ふと見れば、白石、と書かれた表札に白い塊が貼りつこうとしとった。俺ん家の表札に何しとんねん、と埃を払うようにそれをはたき落とす。白い塊は地面に叩きつけられる寸前で止まり、逃げるようにどこかへ飛んでいきよった。

 ふわふわと漂うそれらは、普通の人には見えへんものや。いわゆる幽霊っちゅうやっちゃな。
 おかんと姉ちゃんが除霊師やっとるせいか俺まで見えるようになって、いつの間にか二人の手伝いさせられとる。ほんま人使い荒いわ。
 こないなこと公言するといろいろと面倒やから、学校では内緒にしとるんやけどな。あと、言うてもどうせ信じてもらえへんやろうし。
 せやけど、見えるもんを無視するっちゅうのはけっこうしんどい。中にはたちの悪いもんもおるし、そういうのはさりげなく祓っとかんとあとが大変やし……。

 たちの悪いもんと言えば、謙也の幼馴染みのみょうじさんにも、なんやよろしゅうないもんが憑いとったな。気遣うふりをして祓っといたけど、次の日も違うもん背負っとった。
 こうなったのはひと月ほど前からやった。それまでは何もおらへんかったのに、急にいろいろと取り憑くようになっとった。
 何かあったんやろか。気になってしゃあないけど、残念ながら俺とみょうじさんはそこまで話すような仲やない。いっそ謙也を使て聞き出そうか。……あいつ変な誤解しそうやから却下やな。

 何かええ手はないやろか、などと考え事をしとったせいで、ふと時計を見れば時間がやばいことになっとった。

「あかん! 朝練に遅れてまうわ!」

 部長が遅刻なんて全然笑われへんわ! 俺はどこぞのスピードスターのごとく駆け出した。



 朝練中にええ手は浮かばず、無意識のうちにため息を漏らして教室へ入った。視線を上げれば、先に行っとった謙也と、件のみょうじさんがおった。その肩には、昨日とはまたちゃうもんが乗っかっとる。

「おはようさん」
「あ、白石くん。おはよう」

 俺に挨拶を返したみょうじさんは、少しやつれたように見える。こない毎日いろんなもん背負っとったら、そりゃそうなるわな。

「今日も肩重いん?」

 みょうじさんが肩に手を置いたところで、すかさず声を掛ける。すると、みょうじさんは驚いたように目を見開いた。

「うん、よくわかったね……」

 はぁ、と大きなため息をついて、みょうじさんが肩を揉む。その動きで霊が動いたが、みょうじさんから離れることはなかった。

「夜ふかしやろ、夜ふかし」
「だからしてないってば!」

 からかうように言う謙也にみょうじさんが噛みつく。そんなやりとりに笑みを浮かべて、みょうじさんの肩に手を置いた。

「よっしゃ、俺が絶頂な肩揉みしたるわ」
「なんかやらしいな」
「白石くんは謙也なんかと違ってやらしくないよ」
「どういう意味や!」

 みょうじさんの肩に触れたとたん、取り憑いとった霊が小さくなる。細い肩やな、なんて思いながら、二人にわからないようにしてそれを祓った。

「……わ、わ! すごい、もう軽くなった!」

 声を上げるみょうじさんの肩から手を離すと、みょうじさんは今にも飛び跳ねそうな勢いで腕を回し始めた。

「ありがとう、白石くん!」

 ひとしきり回して、みょうじさんはにっこりと効果音がつきそうなほど嬉しそうに笑った。今まであまり見いひんかった表情に、心臓がどきりと音を立てる。

「お、おう……」
「白石が照れとる……」
「照れてへんわアホ!」

 なんて返したらええかわからん俺に、謙也が若干引いたような顔で言う。
 照れてへん、照れてへん……よな?

「なまえちゃん」
「ん? ……千歳やん。なんや、なまえと知り合いなんか?」

 そこにやってきたのは、隣のクラスの千歳やった。千歳の目は俺や謙也やなくて、みょうじさんを見据えとる。

「おととい初めて話した」
「その割りにはなんか親しげやなあ」
「謙也のやきもちってなんか気持ち悪いね」
「真顔で言うのやめ! 傷付くやろ! ちゅーかやきもちやないし!」

 おもろなさそうな顔で言う謙也に、今度はみょうじさんが引き気味な顔をした。謙也はむきになって言い返すけど、みょうじさんの言う通りやわ。

「ほんで、どないしたん?」
「なまえちゃんば飼っちょる犬んこつば気になったけん」

 謙也のせいで話が進まへんから、かわりに俺が千歳に続きを促した。
 みょうじさん犬飼っとったんか。と思って、みょうじさんのことを何も知らんかったことに気づいた。

「ホシのこと? ホシは相変わらず元気だけど……」

 みょうじさんはすぐに頷いて、ホシって謙也が名付けたんだよ、と付け加えた。謙也もなかなかアレなネーミングセンスしとるな。

「ホシ拾ってもう一ヶ月経つけど、お前ちゃんと面倒見とるか?」

 ネーミングセンスについてはあえて突っ込まずにいると、その謙也が気になることを言うた。

「見てるよ! さ、散歩行ってるし」
「嘘くさいわあ」
「ほんとだよ! ねえ、千歳くんだって昨日見たでしょ!」

「一ヶ月……?」

 一ヶ月前といえば、みょうじさんにいろんなもんが憑くようになった時期や。関係あらへん、とはとても思えへん。
 ぎゃあぎゃあと言い争う二人の声など、もはや耳に入らない。
 次に取る行動はもう決まっとった。


written by なつや