「行ってきます」
重い足取りで家を出る。どんよりとした空の色はまるで自分の心の中を映しているようだ。
学校に向かう途中、何度か立ち止まり肩を揉む。今日も肩が痛い。というか重い。
家にいる時は平気なのに。家から1歩でも出れば途端に身体が重くなり、両肩にずしりと何かがのしかかる。
学校に行きたくないわけじゃない。家から出たくないわけじゃない。この気だるさは何なんだろう。重くなる身体を引きずりながら教室へ入り自分の席へつく。
家からここまでは決して遠い距離ではない。歩いて数分の好立地、のはず。普通ならここまで疲労することなどないはず。

疲れた、言いながら外にいるよりかは軽くなった身体から空気を抜くように机に体を預けた。室内は外にいるより全然マシ。一番いいのは自室だけど。
疲れたー、空気の抜けるような声を出した私の頭上から「なんやなまえ体力ないなあ」なんて声が降ってくる。見ると呆れたように私を見下ろしている謙也がいた。
こっちの気も知らないで。恨みがましく睨むように見ていれば、呆れ顔を引っ込めて心配するように眉を下げた謙也に肩を掴まれる。
うん、謙也に肩揉まれても全然よくならないね。むしろ重くなった気がするような…。

「肩もみのプロになれそうや」
「え、これで?」
「なんやと」

下手くそと笑ってやると彼の闘争心に火をつけてしまったようで、謙也はそのまま私の後ろへ回り本格的に肩を揉み始めた。うーん、気持ちいいはずなのに、背中にかかる重圧はちっとも軽くならない。

「どっか痒いとこないですかー?」
「それ美容師じゃね?」
「細かいこと気にすんなや」

心配そうに見つめる謙也にこれ以上気を使わせるのは忍びない。どや?と訊いてくる謙也に、あまりよくはならなかったけど、気持ちは嬉しいということで、だいぶ良くなったと嘘をつく。謙也はそうか!と嬉しそうに頷いて自分の席へ戻って行った。君が嬉しそうならなによりさ。

「ありがとね」
「ええって。そんな肩こってる感じでもなかったけど、どうしたんやろな?」
「あー…胸が重いからかなあ」
「それはないな」
「あの変な消しゴム達引きちぎるよ」

変ってなんや!と騒ぎ出す謙也を無視して、再び項垂れる。外ほどではないけど、どんどんどんどん何かが上にのしかかっていくみたい。足も重くなるし、頭まで痛くなってきた。今日も一日生きれるだろうか。

「おはようさん」
「おう白石」
「白石くんおはよー」

体をそのままに、声をかけてきた人物に顔だけ向けて挨拶する。私の目の先にはその辺に2人といないくらいの顔の整った男前が笑みを携え立っていた。ああ今日も眼福です。目の保養目の保養。

「みょうじさん朝から疲れた顔しとるやん、謙也疲れ?」
「謙也に元気吸われちゃって」
「なんやその言い方!俺は妖怪か!」
「妖怪スピードスターに改名せなな」
「なんでやねん!」
「みょうじさん、ほんまに大丈夫か?顔色悪いで」
「んんーなんか身体が重くって」
「毎日夜ふかししてるんやろ」

謙也がケラケラ笑って言う。何を言うか、私は日付が変わる前には布団に居る派だ。思い切り睨んでやると居心地悪そうに謙也は体を引いた。私が夜更かしできない人間だというのは幼馴染みの謙也なら解りきっていることだろう。いやそんなことより白石くんが私なんかの心配をしてくれるなんて嬉しすぎる。もうそれだけで元気になれそう。肩も足も頭も重いし痛いままだけど。

「肩凝ってないんだけどめっちゃ重いんだよね、最近特に」

重くなった身体をゆっくり起こして腕を回して肩を鳴らす。白石くんが心配そうな顔で手を顎に持っていきながら「何でやろな」と呟く。ああ、そんな表情もかっこいい。その一連の動作さえ様になっているからイケメンという奴は…。

「あんまひどかったら保健室から湿布貰ってきたるわ」

にこっと笑顔を見せた白石くんが私を励ますように両手でポンポンと数回 肩を軽く叩いた。ほなまた後でな、そう言い残して自分の席に向かう白石くんの背中を見送りながら自分の肩に手を置く。イケメンに触られちゃった…なんてことより、

「あれ…?」

謙也に揉んでもらってもなんともならなかった重荷が消え、肩が軽くなっている。

あれあれ?と肩を回してみるけど、さっきまでの痛みが嘘のようになくなっていた。白石くんの笑顔が脳裏に蘇ってきて微かに頬が熱を帯びる。首を傾げる私を見て、同じように謙也が首を傾げて「どないしたん?」と顔を覗き込んでくる。謙也も割と顔のいい部類に入るはずだけど…子供の頃から一緒にいるせいで見飽きてしまっているのか、見つめ合っても胸が高鳴ったりすることはなかった。周りに謙也はイケメンだと言われて、そうなの!?と心の底から驚いたくらいには一緒に居すぎて近すぎて、今更 謙也相手にときめくも何もないんだけど。
それと比べて謙也よりも遙かに、白石くんはいつまででも見てられるくらいのイケメンだし見飽きることなんてなさそう。

ん?……待てよ、つまり…もしかして…。この重圧をこうも軽くするなんて、まさか。ある一つの仮定が私の中に浮かび、傾げていた首を元の位置へ戻して、目を輝かせながら謙也の両肩を掴んで揺さぶる。謙也が不安げな顔を覗かせているが関係ない、そんなことより大事なことに私は気付いたのだ。そうか、そうだったんだ、解ったぞ。

「イケメンマジックなんだ!」
「…は……?」


written by 社