ある日から俺は幽霊っちゅうもんが見えるようになったらしい。
それはいつからだったかは覚えとらんけど、一番最初に気がついたんは中2の夏。
いつものようにチャリ置き場に向かうと俺の自転車の後ろの荷物置きんとこになんや俺と同じくらいの女の子が乗っとった。
「あの…、どちらさんです?」
すると彼女は凄い驚いたような表情をして自分を指差しながら呟いた。
『キミ、私が見えるの?』
「いや、見えるのって俺の自転車に座ってはりますでしょ?」
すると彼女は凄く嬉しそうに、『そっかー、見えるんだー』と足をぶらぶらとさせた。
「それ俺の自転車なんで、ちょっと退いてもろてええですか?」
『ああ、キミのなの?…それはごめんなさいね』
よっ、と地面に降り立ち「どうぞ」と微笑む彼女の後ろには夕日がそれはもうタイミングよく差していて、見とれてしまった。
しかし、よく見ると彼女からは影が伸びていない。
俺にはある影が彼女には無いのだ。
「えっ、ほな見えるのって言う意味は…、」
混乱している俺の様子に気がついたのか、彼女はニコニコと笑い『幽霊なんだー!』と言った。
「嘘、やろ…?」
俺らしくないことに驚き過ぎて腰抜かしてしもた。
『あらあら、そら驚くよね?私の名前は名前って言います』
クスクスと口元を隠しながら笑う彼女はゆったりと俺に手を伸ばした。
「えっと…名前ちゃんは幽霊ちゃうのん?」
『名前でいいよ、キミと同い年だしねー、正確に言うと私はまだ死んでないから触ろうとすればキミ、つまり白石くんにも触れる』
試しに彼女の手を掴んで立ち上がってみる。
確かに暖かくはないが手の感触は感じられた、常識的にありえへん。
「って、俺名前に名前言ったっけ?」
『いーや、でも私は白石くんのこと知っているんだ。ずっと見ていたからね』
「見てたって?」
『私気がついたらこの学校の屋上に居てさ、そのときにちょうどテニスコートで白石くんたちがテニスしているのが見えてね。…凄く感動したよ、キラキラみんなの目が輝いててさー…って、もうすぐ日が落ちて暗くなるから歩きながら離そうか』
確かに夏のこの時期は日が落ちるのが遅いと言っても、もう7時を過ぎるあたりだ。
直に暗くなるのは目に見えている。
俺は自転車を出して押して歩こうとしたが、名前が自転車の後ろに乗って『漕いで漕いでー』と言うのを見ると無理だろう。
「てか俺んち来る気なんか名前!?」
『だいじょーぶ、白石くん以外には見えないよ!』
「いや、そう言う意味やなくて仮にも幽霊やとしても女の子やろ?」
『…なんか独りで居るのはもうイヤなんだよね』
…そんな表情をされるとなんも言えへんやんか、
「…しっかり捕まっててや、」
『わーい、ありがとう!』こうやって普通に話したり触れたりしとるのに、幽霊やなんて信じられんわ。自転車を漕ぎながら話をしようと名前を見ると俺にのんかかって寝とった。
よく落ちんかったなと思うで。
名前を連れて家族にただいまと言うと何事もないように、おかえりと返してきた。
本当に俺しか見えていないようだ。
「…そんで、さっきの話の続きは?」
『えっと…、それでその中でも一番に目に留まったのが白石くんだったんだよ。私はテニスの事はよくわからないけど、フォームが綺麗で、それでもって楽しそうにしているしね。私もそんな風にスポーツやっとけばよかったなとか思ったりしてさ…』
「名前…、」
『あ、いや、暗くさせようとなんかしてないよ!まだ死んでないから復活したらテニスやりたいなって思ったわけ!』
「ずっと思っとったけど、死んでないってどういう意味なん?」
『ああ、私もはっきりは覚えてないんだけどね。事故に巻き込まれたらしくて、今は植物状態ってやつになってるのかな?』
「そういうことやったんや」
『だからいつかは分からないけど、消えるんじゃないかなー』
「え、消えてまうんか?」
『そんな気がするんだよ。それは明日かもしれないし、1年後かもしれない…よかったらさ、私が見えるのは白石くんだけだからさ、かまってくれないかな?』
今日初めて会ったはずなのに、不思議と彼女と居るのが嫌ではなかった。
寧ろ心地良いまでに感じるようになっていた俺は自然と了承の答えを口にしていた。
「ええよ、俺なんかでよかったら」
『ホントに!?ありがとう白石くん!』
「それと、俺も名前って呼び捨てで呼んでるんやから名前も俺のことは蔵ノ介って呼んでや!」
『…じゃあ、蔵くんて呼ぶよ』
少し照れた顔ではにかみながら言う名前は今でも忘れられへん。
それから俺と名前の不思議な生活が始まり名前はいつも猫の霊とおったり、はたまた子どもの霊と遊んでいたりと日々驚かされていた。
そして秋が過ぎ、新年が明け、気づけば3月で俺らの先輩が卒業する…そんなときやった。
『私さー、蔵くんのこと好きかも』
「ぶっ…!なに言い出すんや名前」
いや、俺としたことが…危うくお茶が飛び出すところやったわ!
『なんかさ、最初に会ったときもそんなに蔵くんに違和感ていうか、初対面!って感じがなかったんだよね』
「それは俺も思たわ、あれは不思議としか言いようがあらへんな」
『だからさ…、もしも私が消えても私蔵くんに会える気がするんだ!』
「そやなぁ…。でもどこから好きっちゅう話しに飛んだんや?」
『いや、これが運命の出会いって言うやつかなと思いまして!』
「名前はどこの乙女やねん」
『あいたっ!なんで蔵くんのデコピンは私に通じるんだろ?』
「知らんし、俺の愛のデコピンやからとちゃうん?」
そんなアホな会話をやって、次の日も名前と話せると思とった。
でも次の日名前は現れんかった。その次も、1週間が経っても名前と会われんかった。
俺が思うに、名前は近々自分が消えるかもしれないとわかってたんやと思う。
だから『もし消えても』なんていきなり言ってきたんやと、
でも別れも何もなしに消えてしまうんは辛すぎる。
俺は知らないうちに彼女に淡い恋心を抱いてたのかもしれない。
正直言って名前が『好き』と言った瞬間、嬉しかったんやと思う。
いつの間にか名前が連れていた黒猫の霊が俺に擦り寄り、にゃあと鳴いた。
それから春、俺は3年に進級しいつもと同じような日々が続くと思っていた。
「えー、お前らは三年間もおったらだいたい見たことあるやつばっかやろ?」
「せんせー、8組まであるからなったことない人も仰山おるで!」
そんな会話を聞きながら俺は外の景色を見とった。
「っと、今日は新しい転入生がおんねん。入ってきてええよ」
ガラガラと引き戸を開けた転入生を何気なしに見た瞬間気が動転して立ち上がってしもた。
「なんや白石、一目惚れか?」
「い…いや、すんません」
クスクスと口元を隠して笑う転入生。
ホンマに顔から仕草までそっくりなんや。
『初めまして、苗字名前と言います』
そして彼女は俺に目線を合わせて口パクで『蔵くん』と言って微笑んだ。
ああ、本当に会えたんやな…名前
こうなったら、なんで黙って消えてしもたんか問い詰めたらなあかんなぁ…?
title thanks.xx
灯影を追いかけて