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――覚悟とはなにか。
この国の民に問えば、彼らは誇らしげにこう答えることであろう。
――我らが王を見よ、と。
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王は、きょうも戦場にいた。
舞い上がる土埃。交差する刃。男たちの怒号、断末魔。
馬上の王の横顔に、熱い血風が吹きつける。
何度も浴びたそれを拭うこともせず、彼は高らかに剣をかかげた。進む。進みゆく。誰よりも先に。兵たちは天を貫かんほどのときを上げ、どっとその背を追いかけてゆく。
――王とは、民の盾。
その信念を魂に刻みこみ、彼は常に玉体を戦の前線に置いていた。
いつか王宮の美しい寝台の上で、愛する者たちに見守られながら、静かに命を閉じることもできようというのに。
まさに今、血と泥にまみれた大地へ今すぐ倒れ伏すことになろうとも、彼はかけらも後悔をしないのであろう。
王としての、苛烈なまでの信念。
彼を仰ぐ者たちは、それを悲壮、無謀などとは決して呼ばない。
『覚悟』。身をうち震わせながら、ただその二文字を思った。
「……報告、報告ーッ!」
突如ひとりの伝令が駆けつけ、王の馬へ抱きつくようにしてその歩みを阻んだ。
王は手綱をさばきつつ、はっと顔を上げた。――東。この音は。
「東の山頂に伏兵!我がほうの斥候に発見されるやいなや山をなだれ降り、こちらへ向かっております……!」
――奇襲。
顔色も変えずに東を睨む王の周りを、親衛隊がぐるりと取り囲む。
そのうちのひとりが、陛下、と鋭く声をかけた。
「……お退きください」
王を切っ先として敵勢を押し上げ続けた軍隊は、やや縦に間延びしていた。
ゆえにこのままでは、東からの増援に横腹をつかれる。それに備え、軍の陣形を立て直すだけの時間は――ない。
「陛下だけでも、お退きください」
高揚と焦燥に血走った眼で、親衛隊は王を見る。
しかし、王は、頷かなかった。
「陛下ッ」
「――ほ、報告ー!」
新たな伝令が駆けつけた。
王の口辺に、ふと笑みが浮かんだ。
「ひっ、東の山のふもとにて、我が軍が敵を迎え撃ちました……!食い止めておりますッ、寡兵ながら、見事に敵を食い止めております!ひそかに伏せていたは――カザミ隊とのよしッ!」
――東。
馬上から敵兵を斬り伏せ、若き隊長・カザミは吠えた。
「陛下をお護りせよ!私につづけ、つづけぇ――ッ!」
カザミ隊は雄叫びをあげ、修羅のごとく血刀を振りかざした。
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