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明るい、満月の夜のことだった。
宮に歴史書の編纂人として仕える文官・真人(まさのひと)は僅かな燈台の明かりと月の光とを頼りに書き物をしていた。
記しているのは、この宮の東に住まう、幹也(みきのなり)様のことだった。
もちろん、表の歴史書に記すためではない。
この平安の時代、女は男の影であり、道具のように扱われていた。
幹也様も、その例に漏れない。
まだ年端もいかない帝の下に政略結婚の道具として入内させられ、広い宮の東にある小さな壷でいつも息苦しそうに佇んでいる。
……けれど、真人はそんな幹也様のことが好きだった。
言葉を交わしたのはたった一度だけ。
文官仲間の妬みを買い、陰湿ないじめに遭っていた真人を幹也様が助けてくれた、あのたった一度だけだ。
「くだらないことをしているくらいなら、蹴鞠でもしたほうがよほど楽しいぞ。そこのお前、少し蹴ってみろ」
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