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結局、首筋が隠れる服は見つからなかった。

ガーゼや包帯で隠すって手もあったけれど、それじゃ逆に目立ちすぎてしまうし、逆効果だ。
仮にもお妃様の私がそんな大げさに包帯を巻いてたら、「今すぐ救護室へ!」なんて言われかねないもの。

結局、私ができることといえば、いつもは縛っている髪を下ろしてなんとなく首筋を隠すくらいしかなかった。


……ばれないかしら。

落ち着かないまま王宮を歩いていると、お仕事中だったのか毛ばたきを持ったマリカさんがこちらに気付いて駆け寄ってきた。



「リンさまっ!お散歩中ですか?」
「はい……」
「あんまりうろうろしてまた兵士たちと仲良くしてたら、殿下が怒りますわよ〜?」
「えっ……!」



やっぱり、マリカさんは何でも知っている。
兵士さんと会話してカズマ様が怒ったこと、いつの間に知ったんだろう……。



「あら?リンさま、それ、どうなさったんです?」



ふと、マリカさんが目を丸くして私の首筋を指差した。

その先には───カズマ様が付けた、赤い印。

───……ッ!

私は慌てて手でそれを隠す。
しまった!気付かれた!

マリカさんのことだ。これが何かなんて気付かないわけが───。


どうしようどうしよう!
なんとかして誤魔化さなきゃ───!!



「これはっ……!そのっ……!」



私は目を泳がせながら必死に考えをめぐらせる。
すると、その視線の先───花の蜜を求めて庭の花壇の周りを飛び回る虫が目に入った。

───そうか、そうだわ!

私はとっさに、たった今思いついた嘘を口に出した。



「……これはっ!む、虫に、刺されたんです!」
「虫に……ですか?」



マリカさんはきょとんとした顔で私を見たあと、やっぱり小さく笑って口元を押さえた。



「……ふふっ。そうですわよね。虫が活気づく季節ですものね」
「は、はい!そうなんです!」
「お二人の寝室に何らかの虫対策をしなくてはいけませんね?ふふっ」
「はい!お願いします!」



マリカさんは始終ニコニコとしながら、私を見ていた。
その笑みが何を表しているのかはわからなかったけれど、何とか誤魔化せたみたいだ。
マリカさんはやたら「虫……ふふっ、虫、ねぇ」と呟いていたから。

誤魔化せたことに安堵して一息つくと、マリカさんは「では、お仕事の続きがあるので」とニコニコ顔のまま去っていってしまった。

……よかった。
やっぱり、あまりうろつくのはよくない。

おとなしく、部屋に戻って本でも読んでいよう……。



*******



その夜だった。

私がソファでまったりしていると、部屋のドアが開いた。

カズマ様が部屋に戻ってきたのだ。



「カズマ様、おかえりなさい」



カズマ様は無言のまま、ツカツカとこちらに歩いてくる。

何だか雰囲気が少しだけ怖い。
私なにかしちゃったかしら、と考えていると、カズマ様はソファに座った私をその場に押し倒した。



「えっ?か、カズマ様っ……」



カズマ様は指で私の頬をなぞったあと、そのまま首筋へと指を這わせる。



「っ!」



その色っぽい指使いに少し身体を強ばらせると、カズマ様の指がある場所で止まった。

朝付けたキスマークの位置だ。
もうだいぶ薄れてきたそれをそっと撫でながら、カズマ様は耳元で囁いた。



「俺を虫呼ばわりとはいい度胸だな?」
「───っ!?」



息が止まるかと思った。
カズマ様、何でそれを!?



「い、いやっ、違うんです、カズマ様っ……」
「何が違うんだ?虫にやられたんだろう?これは」
「そうじゃないんですっ!あれはっ誤魔化すために、仕方なくっ……!」



決してカズマ様のことを虫呼ばわりしたわけじゃない、と説明するも、カズマ様はそのまま這わせた指で私の胸元のボタンを外し始めた。



「カズマ様っ……!怒ってるなら謝りますからっ……!」



涙目になりながら訴えかける私に、カズマ様は手を止めることもなく言う。



「怒ってないから謝るな。ただ───」
「……ただ?」



カズマ様は、はだけた私の胸元の、鎖骨の下辺りにキスをした。



「んっ……!」



甘い快感のあと、また新たなキスマークができた。

カズマ様はそれを見てニヤリと笑うと、今度は唇にキスをした。



「俺以外の悪い虫がつかないように、もっとつけておかないとな」
「……っ!」



カズマ様は次の瞬間軽がると私を抱き抱えると、そのままベッドへと向かう。



「やぁっ……離して、くださいっ……」



じたばたと抵抗するも、カズマ様にはひとつも効いていないようで、私はたやすくベッドへと連れていかれてしまった。

ゆっくりとベッドに押し倒され、優しくキスをされる。
カズマ様の熱い舌が絡み付いてきて、頭がくらくらしそうだった。



「カ、ズマ、様」
「今度はどれくらいつけようか?」



カズマ様はバサリ、と上の服を脱ぎ捨てた。
その仕草が色っぽくてドキドキが止まらない。



「その前に───お前にもつけてもらおうか」
「え……?」



そう言って、カズマ様は私をぎゅっと抱き締めた。
カズマ様の胸板が目の前にあって、どうしようもなく恥ずかしい。



「お前が好きなように、つけろ。俺がお前の夫である証を」
「……っ」



カズマ様は一国の王子で。
国民みんなの「カズマ殿下」だ。

でも王子である前に、私の夫で。
彼は私の「カズマ様」なんだ───。

その証を、私がつける。
すごく恥ずかしいし、どうしていいかわからないけれど。


でも今だけは、カズマ様を「私のもの」って言いたい。


私は、目の前の大好きな夫に、そっと口付けた。

私のつけたキスマークは、何だか弱々しくて。
カズマ様の大きな胸板に、小さな小さな赤い花が咲いたようだった。


カズマ様はそんな“印”を見て、とても満足気に笑った。
私の額に軽くキスをすると、「かわいい」と小さく呟いたのだった。



******



私が彼につけた小さな花は、すぐに消えてしまった。

それでも、一瞬でもカズマ様に私の夫である証を残せたことが、たまらなく、嬉しかった。


……そんなこと、恥ずかしくてカズマ様には言えないけれど。



*おわり




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