▼ 赤い花
「リン」
朝、起き抜けにベッドの淵に腰掛けたカズマ様が私の名を呼んだ。
普段はあまり名前を呼ばないのに、なんの気なしに急に呼んだりするからどぎまぎしてしまう。
「あの……何でしょう」
「いいから来い」
さっきベッドから出たばかりだったけれど、私は言われるがまま、カズマ様の前まで歩いていった。
一体どうしたんだろう。
すると、カズマ様は広げた足の間を指差して「座れ」と言った。
「そ……そこに、ですか?」
「他にどこがある」
カズマ様が真顔で言うものだから、何も言えなくなってしまう。
そんなに当たり前のように言われても……!
───えいっ!
私は少し迷った後、意を決してカズマ様に背を向ける形で、足の間に腰掛けた。
カズマ様の身体はやっぱり大きくて、私の身体をすっぽりと包み込んでしまった。
カズマ様は後ろから腕を回してきて、私をきゅっと抱き締める。
カズマ様の息がかかるくらい、近い。
いくら二人きりだからといっても、やっぱりこの距離は恥ずかしいっ……!
「あ、あの、カズマ様……?」
「動くな」
「一体どうし───……ッ!」
どうしたんですか、と尋ねようとしたところで、私の言葉が途切れた。
振り返ることもかなわなかった。
カズマ様が、私の肩に顔を埋めながら───私の首筋に口付けたのだ。
突然のことに、私は固まってしまう。
身動きが取れないのを知ってか知らずか、カズマ様はそのまま首筋を強く吸った。
「っあ……!」
思わず声が漏れて、慌てて口元を手で押さえた。
さっきから不意打ちの連続で頭がくらくらしてしまう。
カズマ様の熱のこもった唇がようやく離れて、勢いよくカズマ様から離れた。
首筋を手で押さえて、涙目になりながら訴える。
「こっ……こんな、朝早くから、いきなりっ……どういうつもりですか!」
「いきなりじゃない。昨日付けたものが消えてたから付け直しただけだ」
しれっと言ってのけるカズマ様。
昨日───カズマ様が何気なく言った単語のせいで、私の顔はますます赤く染まった。
そうだ。
昨日の夜、私たちは肌を重ねた。
はじめての夜からだいぶ経ったはずなのに、やっぱり恥ずかしくて、私は俯いてしまう。
「昨日言っただろうが、名前を呼ばれた分だけ印を付けてやる、と」
「え?え?」
カズマ様の言葉の意味がわからず、私はキョトンとしてしまう。
そもそも、ベッドで言われたことなんて、恥ずかしさを堪えるために必死で、覚えていられない。
カズマ様にそれを言ったら、怒られてしまうのだろうけど。
私は昨日言われたという言葉を探すため、必死に頭をめぐらせる。
すると、ベッドに入る前の会話を思い出した。
“何回名前呼ばれた”
“えっ…そんなの覚えてな…”
“覚えてられないほど呼ばれたのか”
“ち、違……きゃあ!”
“じゃあ忘れろ”
だんだん思い出してきた。
カズマ様はこの日、私が兵士の皆さんとたくさん会話したことを気にしていたようで。
ベッドで、恥ずかしさと甘い快感から意識が朦朧としていた私の耳元で、確かこう言ったのだ。
“お前が他の男に名前を呼ばれた分、印を付けてやる”
“お前はこの国の妃である前に───俺の、妻なんだからな”
「……ああっ!」
確かに言われていた。
私は恥ずかしくて恥ずかしくて固く目を瞑ってしまって───でもカズマ様は、その後私の身体の至る所に優しくキスをしたのだ。何度も、何度も。
よく考えたらあれがそうだったのだ。
それに気付いて、私は耳まで真っ赤になってしまった。
「昨日は付け方が甘かったみたいだな。ほとんど残っていない。だから、さっき付けた。念入りにな」
「念入りにって……」
はっとして、私は鏡に向かう。
押さえていた手を外すと、そこには赤い跡がくっきりとついていた。
私の肌の色が白い分、それは余計に目立ってしまっていた。
しかも位置が、ちょうど襟で隠れないところにあって、服で隠すのは困難だ。
「〜〜〜っ酷い!カズマ様の意地悪っ……!」
「何がだ?」
「だって、こんな所にっ……これじゃ隠れないじゃないですか!」
「隠す必要もないだろう」
当たり前のように、カズマ様はしれっと言ってのける。
必要があるから困ってるんです!
声を大にして言いたかったけど、カズマ様は取り扱ってくれないだろう。
彼は、こうやって狼狽する私を見て楽しんでるんだもの、きっと!
「……もういいですっ」
私は頬を膨らませながら、づかづかとクローゼットに向かっていき、乱暴に開ける。
まずは、これがなんとか隠れる服を探さなくちゃ。
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