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「離れるなと言った…」
「ご、ごめんなさい。お庭がきれいだったので…お城の庭もこんな風にできたら、
カズマ様も喜んでくれると思ったんです…」
リンは勢いに驚きはしたもののカズマが両手で頬を包むとその手に自分の手を添えて、
見上げて理由を説明した。
カズマはやっとの思いで男に掴みかかる気持ちを抑えてリンの言う庭の方へ視線を移す。
妻の言うとおり、一面綺麗な花が時々そよ風に揺られていてなるほどと納得せざるを得ない。
そんな二人を追い抜いてフォレガータは男の前に立つと磨き上げられた細い剣を引き抜いてその剣先を男に向けた。
驚いたリンが声を上げたが、男自身は微動だにせずにフォレガータを見つめている。
「お前は、人様の妻をどうする気なんだ」
「は?何それ。俺がこの子をどーこーしようとか思ってんの?馬鹿馬鹿しい。それ言うならあんただって俺ほっぽって楽しそうに話してたじゃん」
「私は王の務めを果たしているだけ……拗ねているのかお前は」
「それなら俺だって女王と他国の王子様が務めを果たしてる間に、
さみしい思いをしてるお姫様の相手を王としてしているだけだよ、拗ねてない」
二人の間をぽんぽんと言葉が飛び交い、カズマとリンはしばらく言葉を挟めずにただ見守っているしかなかった。
そもそも、女王にこれほど無礼な言葉を遠慮もなく投げつけるなどと一体何者なのだろうか?
男がつい、と顔をそらしたところでフォレガータが両手を腰に当てて呆れたようにため息をついたのでこの隙を逃してはいけないとリンは身を乗り出して男の弁護に回る。
事実彼は、リンを丁寧にもてなしてくれただけであってほかに何かあったわけではなかったからだ。
「あ、あの…ごめんなさい!わたしが勝手にここに来ただけなんです!……え?王?さま…?」
「そのボンクラが私の夫のアガタだ」
「ええええ!?」
「王子様。大事なお姫様ならちゃんと見てあげなさい。さみしそうにしてたよ。フォレガータみたいに押してくるタイプじゃないみたいだし、こう言うタイプはわがままを言うのに大層勇気がいるんだよ?」
「っ……」
「違います!私が勝手に歩き回ったのが悪いんです…!」
「でも寂しいって呟いてたって言ってるよ」
「えっ」
「さっきから水の精霊が怒りっぱなしなんだよ。王子様が全然わかっていないって。伝言するこっちの身にもなってほしいんだけど…」
「精霊…?」
「ああ、殿下の国には精霊が見えるものはいないのだったな。この国の魔術師は魔法を扱い、精霊の声を聴くことができる。この男がそうだ」
「見せてあげようか?」
「見られるんですか?」
「まあ、一時的にだけど」
アガタがそう言うや否やカズマとリンの足元が丸い円を描いて光だした。
光は足首の高さまで上がったがすぐにその力をなくしていったが、ふと顔を何かが横切ったのに気が付いてあたりを見渡すと今まで無かった何かが『影』を作って
太陽の光を遮る。
影の主はカズマの頭上で眉間にしわを寄せて事もあろうに見下ろしている。
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