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それから、
「汚れたりなんか、しません」
彼はあのとき、無理やり私を引きはがしたけれど、汚れるなんてそんなこと私はこれっぽっちも思わなかった。
優しさなのだとはわかっているけれど。
「カズマ様と同じです。私だって、カズマ様に触って、汚れるなんてこと、ないです」
「……」
「もし汚れるんだとしても――それなら私は汚れていいです。汚れたいです」
きっぱりと言うと、彼の方が私から目を逸らした。
「お前はおかしくなっていてもいなくても、タチが悪い……」
「え、あの……」
「もういい加減にしてくれ。また我慢がきかなくなる」
「あっ……えっ!?」
私はただ、彼にそんな風に思ってほしくなくて――だけど、また何か恥ずかしいことを言ってしまったのだろうか。
「とにかく、あんなことはもうしなくていい」
「で、でも、私、カズマ様に…、」
言いかけた私の髪を、彼がくしゃりと掻き乱した。
「いつものお前で十分だから――これ以上は、困る」
「え、と……」
私が何を言おうとしたか、通じていたみたいだった。
だけど、私は、困ってほしい。
今日みたいに、余裕なんか全部なくして、求めてほしい。
私が彼に溺れ切っているように、彼にも夢中になってほしい。
いつも、彼がいろいろなものを抑えて触れてくれていることは――大事に触れてくれていることは、なんとなくわかっていた。
すごく、嬉しい。
愛されているのだと、実感する。
それでも……
ああ、やっぱりまだ、薬が残っているに違いない。
彼がそんな風になってしまったら、困ってしまうのはきっと私の方なのに。
それでも、彼と一緒におかしくなってしまいたいと願っている私がいて、目の前の彼を――そんな目で見ている私がいて。
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