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▼ 「竹松の毒牙は危険信号」

 静寂に包まれた校内の端っこにある実験室に、一歩、また一歩と近づくかのように時々試験管とビーカーが音を上げる。窓の外は一面黒に覆われていて、ポツリポツリと白い絵の具が一面に散らばっていた。中でも一際目立つ白が実験室を申し訳ないほどに染め上げている。その一室に、空の白に負けないほどの白を纏ったあどけない少年の指先が森林に覆われた自然に流れる川から調達したかと思うほどの澄んだ水が淹れられていた試験管をゆっくりと撫で上げる。
 

「はぁ」


──馬鹿らしい薬を作ってはいると思うが、だからと言って疎かにするわけにはいかない。作ったコレがまた材料となり、私が望むものを生み出す力となるのだからな。
 自嘲気味に肩をすくめた彼は、体のコリをほぐそうとうんと両手を上に重ね、おおきく伸びをしたと同時に、がたりと物音が彼を呼んだ。


「また、か」


 深夜、それも丑三つ時だ。この学校に通う少年のような少女なら発狂して気絶してもおかしかくないだろう。だが、竹松伊織は眉一つ動かすことなく、今もなお、コンコンとノックをしているような音がする人一人は入るだろうタンスを勢いよく開いた。


「やはり、貴様か。今、何時だと思っている」
「え、えと。ごめんなさい……」
「……貴様と話すと、あの横暴な男に殺されかねん。茶だけでものんでさっさと帰れ」


 竹松伊織の目の前に涙目で座り込んでいた少女はリンという異世界の人間だ。それだけではなく、どうやら王族の妃らしい。その材料だけでどれだけこの娘が、ガラス細工のように大切に育てられていたかは安易に予想できるだろう。しかし、王族の妃だからといえど、少女の身なりふくらはぎ程まで長い白いワンピースという質素なものだった。だからこそか、穢れをしらない純粋な娘のように竹松の目にとまる。
 さて、さきほど竹松は「やはり」といったのにはわけがある。以前、この少女と少女の旦那、詳しく言うならば所謂王子様がこちらの異世界にきてしまっていたようだ。この世界に存在する白い髪の女の仕業だろう。そして、彼女たちが帰るための穴を探しに探した結果……この実験室のタンスにわざわざあの悪魔は扉をつけた。竹松にとってみればいい迷惑である。


「なんでこちらに来た。小娘」
「あ……実は、沙弥さんに会いたくて……」
「ほう、何故だ」
「い、色気を……カズマ様をもっと虜にする様なコツを教えてほしくて……」
「色気。色彩のことか? ならば、全身に色を塗りたくればつくものだろう」
「え、そ、そうじゃなくて、あ、あの、……もっと……す……に……」
「何だ。聞こえん。はっきり言え」
「あう……もっと、すっ、好きになって欲しくて……!!」


 茹でたこのように、耳まで真っ赤にさせたリンはうつむき羞恥心に耐えていた。その仕草は愛らしく、普通の男ならば胸にくるものだってあるだろう。しかし、目の前の男は普通とはかけ離れた存在だった。


「そうか、ならば同じだな」
「へっ?」
「私も、それを促す薬を作っているのだが……何故か上手くいかない。逆に変なものばかりできる。だが、今日はそれに近いものが作られたばかりだ」
「え!? 本当ですか?」


 竹松伊織はテーブルにのっていたピンク色の水溶液のつまったビーカーを手に取り、リンに差し出した。リンは竹松伊織とビーカーを交互に視線を移し、おそるおそるビーカーを受け取る。


「飲め」
「え、えぇ!? で、でも……」
「もっと好きになって欲しいのだろう?」


 顔色一つ変えない竹松伊織の言葉に、意を決したいたいけな少女は、そのビーカーに桜の花びらのような唇をゆっくり引っ付け、一気に飲み込んだ。


「……あ、甘いです。桃の味……?」
「体の様子はどうだ?」
「な、なんともないです……」
「そうか……もしかしたら、好意を持つ異性の前でしか効果は期待できないのかもしれないな……よし、帰れ」
「こ、これで私、色っ」
「それを確かめるたえにさっさと帰れ」


 背中を押してタンスに詰め込む竹松にあわあわと流されるように元の世界へ帰ろうとするリン。竹松は最後の一押しにリンの背中を押して、彼女に伝えた。


「結果、楽しみにしているぞ」


 相変わらず、この世界の人間は我が強い。




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