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「……おい、くま?」
「ただいま戻りました……」
俺が呟くのと、妻が帰ってきたのは同時だった。
まだ濡れた髪をタオルで拭きながら、火照って赤い顔をキョロキョロとさせる。
「あれ?カズマ様……くまちゃんは?」
「……あれは、」
消えた。とは言えなかった。
俺は少し考えて、
「持ち主が見つかったらしいからメイドに預けた」
と言った。
「なんだ、そうだったんですね……よかったぁ」
本当に安心しきった顔で彼女は笑った。
“触れ合うことで、愛情を”
“それすらなくなったら”
──彼女に、触れることができなくなったら。
いろんな言葉が頭に溢れて、俺は思わず彼女を後ろから抱き締めていた。
「えっ?あ、あの、カ、ズマ様……?」
湯上がりの、いい匂いが鼻を掠める。
違う、それよりも。
「……あたたかい」
俺がそう言うと、彼女はしばらくして笑った。
「だって……お風呂上がりですし」
「そうじゃない……だが、あたたかい」
俺の言葉に困惑した彼女は、少し考えて、俺の腕にそっと手を置いた。
「はい、あたたかいです。カズマ様」
そう言って微笑む彼女の耳元で、俺はとある言葉を囁いた。
彼女は顔を真っ赤にして、小さく頷いたのだった。
†
このぬくもりを忘れないよう、何度も何度も上書きをして。
この肌に触れられなくなるなんてことにならないように。
強く強く──抱き締めていたいと思った。
-Fin-
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(7/7)