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▼ 夜美さんに拉致されたリン

「竹松……どうしよ、俺……!!」
「何も言うな。予想の範疇だ。それに前例もあるだろう?
 夜美が子供を拉致って来ることは」


 姉ちゃんが三度目の幼女拉致を完了してしまいました。
 学校から帰ったら、ローヒールよりは少し高い落ちついた派手でないけど、可愛らしいヒールがあった。それを見て直感してしまったんだ。母さんにこんなオシャレというか、走りにくい靴を履く友達もいない。父さんは母さんと夜美以外の女を入れることはない。俺の女友達は田村さん(ヒールなんて無縁)と栞ちゃん(以下同文)だ。つまり……。


「ね、姉ちゃっ……!?」
「あ、お帰りシン!」
「こ、こんにちは……あの」
「シン聞いた今の!? 声可愛い! ちょ、父さんのボイスレコーダーとカメラ持ってきてよ! あと確か母さんへの無駄なコスチュームもあったから早く早く!」


 な、ナチュラルに拉致してるだと……!?
 という所で、田村さんや早乙女には相談できない内容。田村さんに引かれるのは論外だし、早乙女は姉ちゃんを怒らせかねない。つまり、少しトラブルメーカーだけど、怒らせるだろうけど、それも日常茶飯事な伊織に助けを求めた訳であった。


「リンちゃーん。あのさ朝の挨拶から晩の挨拶。そして“お帰りなさい貴方。今日はご飯にする? お風呂にする? それともわ”」
「姉ちゃんストップ!! それはアウト!」
「あ、あの……? こ、ここは一体……?」
「っしゃああああああ!! 儚い声ゲット! しばらくストレス解消萌えボイスとしてフル活用させていただきます!」
「おい……収集がつかないのだが」


 リンさんという人の肩を掴んで目を爛々に輝かせる姉ちゃん。よくもまぁリンさんは悲鳴もあげないものだなぁ……。


「シンー。だから持ってきて」
「え、でも……」
「つべこべ言わず持ってこいや」
「…………はい」


 伊織に助けを求めようとしたら、笑われてました。


▽△

「え、えと……カズマ様、いやあの……殿下様? があの……私になんの御用で……」


 うわぁああああああああ!! 誰か助けてガチで助けて!!
 ただ普通に学校帰りに雑誌買って帰ろうとしただけなんです! ああもう人だかりなんて一瞬でも見るんじゃなかった!! 女のコの黄色い声に振り向くんじゃなかった! 何で何で、この辺では見かけないだろう浮いた恰好をした超美形に睨まれた挙句私は声をかけられた!?私が何をした!?


「ここは何処だ」


 ……記憶喪失ですか!?


「言って置くが、俺は記憶喪失でも何でもない」
「は、はあ……」
「俺の妻が、穴に落ちたから俺も追っただけだ」
「つ、妻……奥さんですか」
「そうだ。ここが何処かなんてどうでもいい。リンは何処だ」


 すみません、特徴を述べていただかないと分かりません。
 そう言ったら「それもそうだ、すまなかった」と謝られた。仏頂面だから怒ってるように見えたが、そうでもないらしい。むしろ……焦ってる?


「リンは、世界で一番可愛い女だ」
「(何だその自信家な無茶過ぎる特徴は!?)」


 ……探すの、苦労しそうです。


▽△


「ひ、ひやぁああああああ!? あ、あのっ、や、夜美さ……それ露出が……!!」
「ナイス悲鳴! ヤバいドキドキしてきた! もうリンちゃん可愛いなぁっ。食べちゃいたいくらいに可愛いなぁ!」
「た、たべっ」


 とうとうここまで来てしまったか。
 俺と伊織は別室で、リンさんの羞恥心からだろう悲鳴と姉ちゃんの変態染みた声を耳にし、俺は頭を抱えていた。……確かに姉ちゃんが警察からもスルーされるような存在でも、親御さんは黙って居ないだろう。
も、もし親御さんがウチに恨みでも……って、姉ちゃんは既に恨みを抱えきれないくらいに抱かれてるや。


「……気にすることは無いだろう」
「……いや、するでしょ」
「それより、真也。あの娘は何だ?」
「え?」
「最初に着ていた服は、どうもこの地域にしては浮世離れし過ぎている。だが、あの娘がお前のように脳内メルヘンという訳ではなさそうだ」
「待って伊織、俺メルヘンじゃない」
「アイツは何者なのだろうな」
「伊織、無視しないで。俺は……」


 俺がさらに弁解をしようとした時、入口が勝手に開いた音がした。姉ちゃんの声も一瞬で静まる。それに、入口からズンズンと誰かが家に侵入していく音が、家中に木霊したんだ。

 しかも、殺気が感じられる。


「……伊織」
「自分の家だろう。勝手にしろ」
「シン! 誰が勝手に私の縄張りに入ってきてるの!?」
「なわばっ……わ、分かんないよ!」
「あ、あの……夜美さん。服……」


 バンとふすまを踏み倒して現れたのは、剣を構えた目付きの悪い騎士みたいな大人の男性だった。ギロリと俺達を睨む殺意は本物で、姉ちゃんはクツクツと笑い始める。

 俺も、家のために戦わなきゃならないのか……そこにあったテーブルを持ち上げようとすると、ヒョイと大好きな人の顔が現れた。


「……何、この頂上決戦みたいな雰囲気は」
「た、たた、田村さん!」

「……貴様達、リンに何をした」
「んだテメー。リンちゃんを呼び捨てにすんなコラ。リンちゃんは天使なんだよ。人間ごときがリンちゃんに、」
「か、かず……っ、殿下!」


 別の部屋に居るリンさんは、顔だけを覗かせて殿下って人をまん丸の目で見ていた……が、急に真っ赤になって来ないで下さいと連呼していた。


「何故だ」
「だ、ダメなんです……今は、あのっ。や、夜美さん! ふく、服を!」


 問答無用、とばかりに殿下って人はリンさんがいるふすまを開けた。その部屋は、コスプレの服が散乱していて、現在リンさんはバニーの服を着ていた。……ああ姉ちゃんの変態度もとうとうここまで……!!


「…………」
「で、殿下?」


 分かりますよ、殿下さん。男の俺にはよく分かる。リンさんが好きだったら尚更だ。もしあれが沙弥ちゃんだったら……理性を保てる気が全くしない。


「……おい」
「は、はい」
「空いてる部屋は無いか」
「あ、それならこの廊下を戻って突き当たりの右が客間なんで、そこは……」
「行くぞ」
「きゃっ!? ちょ、やっ! 見ないで下さ……いやぁあああああああああ!!」


 リンさんを抱き抱えて、奥の方へと消えていった殿下さん。俺達はただ佇み、あの二人の行く末をそっと案じた。


「きゃああああああああああ!!」

「……リンさん、頑張れ」



 今回の主な被害者は、リンさんでした。




▽おまけ△


「おい」
「あ、えと……カズマだっけ? 何?」
「さっきの服装は何て言うんだ?」
「バニーだよ。何、気に入った?」
「ああ」
「リンちゃん可愛いもんねぇ。旦那さんならしゃーない! 他にも定番コスのメイドやナースをあげる」
「……これは」
「リンちゃんに絶対似合うから!」
「……すまないな」


「竹松、平城。あの二人大丈夫かな」
「それより俺、リンさんが可哀想に思えてきた」
「私達には関係あるまい」


 こちらは、見て見ぬフリをすることになりました。

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