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彼には麦わら帽子がよく似合う。
ほどよく日焼けした、しなやかな腕に、たくさんの野菜を抱えている。
「今日は大収穫だよ」
私は、少しだけ、論文を書く手を止めて、開け放った窓の外を見る。
「何がとれたの?」
「ナスとトマトと、キュウリと、それからスイカ」
彼の笑顔は、夏の太陽より眩しくて、私は目を細める。
さっきまで、難しい言葉ばかり見つめていたから。
「はいこれ、トマトとキュウリ。川で冷やしたから」
彼が窓越しに、籠に入った野菜を差し出す。
「塩、いる?」
「ううん、いい。そのまま食べる」
私の手に渡った籠から、彼はトマトをひとつ掴んでほおばる。
「今日も暑いね」
「ええ」
「でもちょっとだけ、朝晩は涼しくなったかな」
「そうね。…今日の晩こばんは、揚げナスにしようか」
「いいね。それでその後、スイカを切ろう」
笑顔のまま、彼は照りつける太陽の下へ、また戻っていく。
うだるような暑さ、セミの声、壊れそうな扇風機の音、麦わら帽子に彼の笑顔。
私はまた、論文に意識を戻す。
ここからが本題になる。どうやってつなごうか。
頭をフル回転させたまま、冷えたキュウリをかじる。
太陽の味は、少しだけ甘い。
end
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