▼ 「私も!」
「姫野さん!僕はきみが好きです!」
「えっ?嬉しい!私も!」
18年の人生で、最も幸せな瞬間だった。
遠くから見つめることしかできなかった相手に、勇気をふりしぼって想いを告げた。
生まれて初めての告白。
卒業したら二度と会えないかもしれない。
二度と会えないなら、振られたっていいじゃないか。
そんな風に覚悟を決めて。
震える手足が冷たくなるほど緊張して、ありきたりだけどこれしかないと、気持ちを伝えた。
会話なんてほとんどしたことがなかったから、振られるとしか思っていなかったのにーー
『私も!』
そんな笑顔を向けられるなんて。
そんな奇跡みたいな言葉を聞けるなんて。
信じられなくて、頭の奥がじんじんした。
夢見るような潤んだ瞳、ふわりと揺れる茶色い髪、カーディガンの袖からのぞく指はしろくて細く、艶めいた唇は微笑みの形をつくっている。
ーー大好きなこの子との未来に、何が待っているんだろう。
並んで歩いて、手を繋いで、例えば遊園地に遊びに行って……水族館でもいい。海の見える公園でも。ーーいや、どこだっていい。どこにでも行ける。
一番近くでこの子の笑顔を見られる、僕がその権利を手に入れたんだ。
触れても許される距離に、公然と立てる関係になったんだ。
嘘みたいな『私も!』が、何度もリフレインする。
でも、嘘じゃなかったーーーー
「信じ…られないよ」
「私もだよ!初めてだもん、そんなこと言われたの」
「えっ?そうなの…?」
「そうだよ」
そして、彼女はニコリと笑って僕を見上げた。
「で、あなたの名前は?」
「…………え?」
確かにクラスは一緒になったことがない。
でも会話をしたことは、ある。
何より彼女は言った。
『私も!』と。
「あ、あの……藤本、です」
訝りながら、名前を伝える。
「そっか、藤本くん。嬉しいな、同じ気持ちの人に出会えて」
「あの……え、と……」
「私のどこが好きなの?」
「あ、そ、その……全部、です」
彼女は、この上なくうっとりした表情で、言った。
「わかる!わかるよー!あのね、私もなの!」
そして、
「私も大好き!私のこと!世界でいちばん!」
え…………?
「藤本くん!それで?どうする?藤本くんも私のこと大好きなんだよね?私今まで自分のこと大好きだって人に出会ったことなかったから一人で鏡見たり自撮りしたり可愛いところを書き出したり、それぐらいしかできなかったんだけど、二人いたらもっといろんなことできるよね?何したらいいかな?あっ、私たちの関係って何になるのかな?姫野いずみ同好会?同好会ってなんかダサいかな?二人だしね、どうしたらいいのかな?やっぱりこの関係に名前がないと活動するときに不便だよね?藤本くんはどう思う?何かいい案がある?」
彼女の夢見る瞳には、僕だけが映っていて。
間違いなく今、彼女の一番近くにいるのは僕で。
彼女は僕との未来を、希望に満ちた声で語っている。
『私も!』ーーーーそう、嘘じゃなかった。
だって僕は言ったんだ。
『きみが好きです』と。
『私も!』ーーーーそうだよね、私も私が好き、そういう意味ってことも、あるよね。
活動って何をする気なんだ?
名前がないと不便って?
「……藤本くん?」
呆然とする僕の顔を、彼女がのぞきこむ。
きょとんとしたその表情は、初めて見るもので。もちろん、すごく可愛くて。
僕はーーーーああ、僕はーーーー
「あの…………彼氏と彼女で、いいと思う」
end
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