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※この子たちの小話です。なんだか書きたくなってしまったので。
case1.川
海はともかく、川にも行きたいという湊が意外だったから、何でか聞いてみたら、「川で魚釣りがしたい」と答えた。
ますます意外な答えだったけど、よく考えたら、川で泳ぎたいとか滝壺に飛び込みたいとかそんなのに比べたら断然、湊らしい遊び方かもしれない。
そんなわけで、俺はおじさんに釣り道具を借りて、湊と川に来ていた。
夏でも、やっぱり川の周りはけっこう涼しくて、木の葉を揺らす風が気持ちいい。
そして、俺の横で魚がかかるのを待つ湊は、すごく新鮮なかっこうをしていた。
いつもは綺麗に下ろしている髪をアップにして、Tシャツにショートパンツ姿だ。
うなじにも目がいくし、ふとももにも目がいくし、ひたすら水面を眺めている湊を、俺はちらちらと盗み見てしまう。
見てるとばれたら絶対に湊は真っ赤になって怒るから、あまりまじまじとは見られない。
それが余計俺を落ち着かなくさせてるみたいだ。
湊がそんなことには気付かず、しれっと魚を待っているのも悔しかった。
川には他に人影もなくて、けっこうな二人きり加減だというのに、湊は魚しか眼中にない。
二人きりを意識させるような行動に出る勇気もなくて、俺はだんだんモヤモヤしてきた。
「あーー!!!!もうダメだっ!!!!!!」
思わず叫んで、服を着たまま川に飛び込む。
川の水はひんやりとしていて、モヤモヤを洗い流してくれそうだった。
湊が立ち上がる気配がしたので顔を上げると、彼女が鬼の形相でこちらを見ていた。
「長谷川くんのばか!今ので絶対魚が逃げた!」
湊の怒りに気圧されて、思わずごめんと呟いてしまってから、はっとした。
人の気もしらないで、魚のことばっかり気にして、なんで俺が怒られなきゃいけないんだ。
誘惑したのは湊なのに……とは絶対言えないけど、とにかく俺は悪くない。
俺は湊を見上げて叫んだ。
「湊がこっち見ないからだ!」
俺の言葉に湊が固まる。
驚きと恥ずかしさが一緒になったみたいな顔をしている。
だけどむきになっていた俺は、そんな湊をかわいいなんて思う余裕もなく、言葉を続けた。
「魚なんてわざわざ餌で釣らなくたってこうやって、…っと、こうやって手でつかまえられる、俺は!」
ああ、俺は何を言ってるんだ。
魚に嫉妬してるなんて、他人が見たら暑さにやられたと思うに違いない。
湊もあきれてるはずだ。
しかし、湊の目が、俺の手の中の魚を見て、見るからに輝いた。
「……それ、私もやりたい…!」
「え…」
湊はサンダルを脱いで、小走りで川に入ってきた。
「長谷川くん、どうやってとったの?」
きらきらした目で俺を見る。
ふつうならどきどきして舞い上がるところなのに、今の俺は正直あまり嬉しくなかった。
湊の両目に『師匠』と書いてある。
そんなに魚がとりたかったのか。
そして結局俺は魚に勝てないのか。
俺は脱力してしまった。
だけど、ふと、気付く。
『はしゃぐ湊』を見たのは初めてだ。
例えそれが俺じゃなくて魚のせいでも、知らなかった湊を見られた。
これってラッキーなんじゃないだろうか。
これこそ他人が見たら間違いなく、暑さにやられていると思うだろう。
『初めて見る湊』に、俺の機嫌もモヤモヤも、びっくりするくらい晴れ渡ってしまっていた。
俺は、ふっと笑って、湊の『師匠』となるべく、魚のとり方講座を開講した。
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