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▼ 彼女の顔

彼女は、ことあるごとに「整形したい」と言う。


彼女に整形の必要があるかどうか、僕にはわからない。

なぜなら僕は彼女の顔が好きだから、客観視することができないためである。


彼女自身は自分の顔が大嫌いで、何度か顔のことで傷つけられた過去もあるらしい。

それにしたって病的だと、僕は思う。


いろんなことがうまくいかない時、彼女はそれを全て、顔のせいにするのだ。

他人はみんな自分の顔を不快に感じていると思い込んでいて、誰かと長時間話していると「こんな顔をずっと視界に入れてしまって申し訳ない」と思うそうだ。


表向きの彼女の性格は「穏やかでおとなしいが愛想がいい」といえる。

彼女に言わせれば「顔が激しくマイナスなんだからせめて性格くらいよくないと社会のゴミになるじゃない」、だそうだ。

とはいえ、付き合いの長い僕の前では本音が次々出てくるため、「穏やかでおとなしいが愛想がいい」けれど、それは歪みの象徴なのだと僕にはわかる。


先日彼女はついに、整形のための貯金を始めたらしく、さすがに僕は彼女を止めた。

だって、お金がもったいないじゃないか。それに、

「親からもらった顔に傷をつけるのは、やっぱりよくないんじゃないかな?」


そう言うと、彼女は僕を嘲るように笑った。

「そんなのは綺麗事でしょ。ほんとに自分の顔が嫌で嫌でしかたがないと思ったことある奴は、そんなこと言えるわけない。結局あんたは、私の気持ちがわかんないからそう言えるのよ。わかってほしいんじゃない。わかんないくせに知ったように綺麗事並べないでって言ってるの」

僕が黙っていると、彼女は続けた。

「親から『もらった』の。つまり私のものなのよ。この気持ちを、親の愛情なんか盾にとられて止められるんなら、私は『こんな顔をくれた親を恨む』って言うしかなくなる。それだけは言わせないでよ」

苦しげに、吐き捨てる。


それは話が違う、と言いかけたが、おそらく彼女の中では繋がっているのだろう。

確かに、親にもらった顔とは言っても、その顔で生きるのはその人自身なのだ。

いくら親でも、口出しする権利はないのかもしれない。

親が整形することを悲しんだとしても、彼女はこのままの顔だともっと悲しいのだ。

他人に捧げる悲しみより、自分がすべて受け止める悲しみの方がよっぽど辛い。それは僕にもわかる。



だけどやっぱり、

「僕は今のまんまのきみの顔が好きなんだよ。そのままでいてほしいよ」


だけど、彼女の答えは、聞く前からわかっている。


「別に私はあんたのために生きてるわけじゃないわ。自分のために生きてるの」


ああ、僕の想いは叶うことはないんだな、と実感する。


「でも、せめてあんたがそう言ってくれるから、今私はこのままでもなんとか生きていけてる。ありがとう」

悲しそうに笑う彼女。

ありがとうと言われて嬉しいけれど、僕が彼女に感じてほしいのは、そんなことじゃない気がする。

でも、じゃあ何を感じてほしいのかというと、わからない。



このまま月日が経って、彼女がお金を貯めて、別人の顔になってしまったら――そのとき僕らは、どうなっているんだろう。

彼女はそのとき、幸せなんだろうか。

僕は、幸せがひとつなくなっても、変わらずにいられるんだろうか。


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