▼ 純情千年
「『花の火葬場』へは、ここからまっすぐ北で合っているのか?」
「『花の火葬場』だって!?そりゃ確かに、ここからずっと北の森にあるけど……お兄さん、やめときなって!あそこには化け物がうようよしてるって噂だ」
「噂、だろう?それに俺は、行かなくちゃならないんだ」
「噂って言っても実際に誰も帰って来な……おい、お兄さん!待ちなって!」
「心配してくれてありがとう。世話になった」
「お兄さん!みすみす命捨てる気かい!?」
――宿屋の主人のそんな叫びを背中に受け、街を後にしてから一月。
俺はひたすら、深い森を分け入って歩き続けていた。
今のところ『化け物』には一匹も出会っていない。というか、生き物に出会っていなかった。
「……花の火葬場」
この先にあるはずの場所の名前……そして生まれてから数えきれないくらい呟き続けた名前を、俺はあらためて口にした。
本当に、生まれてから何度、声に出して、あるいは心の中で呼んだだろうか。
いや、生まれる前から―――生きていたころから、だ。
「………」
頭がぐらりと揺れる。この感覚ももはや、馴染みのものだった。
俺は立ち止まって自分の右手を見つめる。
人差し指と中指の間を、縦に裂くように刻まれた傷跡。
生まれたときからあった傷跡。
そして俺が生まれた時から持っていたものがもうひとつ。
『花の火葬場に行けば、また逢える』
物心ついた時から、傷跡を見るたびにその言葉が頭に浮かんだ。
正確には、ずっと頭に浮かんでいたけれど、言葉を知らなかったから意味もわからなかったのだが。
本当にそんな名前の場所があると知った時、行かなければならないのだと、確信した。
誰に逢えるのか、それは知らない。
生まれた瞬間から、『また逢える』と思い続けていた、誰か。
知らないはずなのに、俺は逢いたかった。
逢いたくて逢いたくて、しかたなかった。
だから俺は数ヶ月前、故郷を旅立ち、ここまで来たのだった。
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