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そんなことを考えていると、触れずにいることが難しくなってくる。
『趣味じゃない』などと言っておきながら、額と頬にくちづけを落とす。
「ん……あれ……?カズマ様……」
結局起こしてしまったらしく、寝ぼけた顔で薄く目を開けた彼女が、俺の名前をつぶやく。
今呼んだのは、ここにいる俺の名前だろう。
「あ、あれ…?夢……?」
まだ完全には覚醒していないらしい。
だから、目を覚まさせてやる。
「何の夢を見ていた」
両手をついて彼女を見下ろす。
「夢の中で俺は、お前に何をしたんだ?」
「えっ…、なんで知っ……」
慌てたような表情で顔を赤くする妻に、俺は満足感をおぼえる。
夢の内容をしっかり記憶しているらしい。そうでないと困る。
「わざわざ夢に見なくても、お前の希望通りにしてやるから言ってみろ」
そう言いながら、胸元のボタンに手をかけると、彼女は勢いよく首を振りながら、俺の手を止めた。
「ち、違いますっ!そんなことはされてませんっ!」
誤解を解かなければ、と顔に書いてある。その必死な表情に笑いが込み上げた。
「そりゃよかった」
笑いながら、非力な彼女の手をどける。
「え、どういう……」
その問いは最後まで言わせなかった。
そんなこと、今の俺を見ればすぐにわかるだろうが、馬鹿。
だけどきっと「わかりません」と答えるだろう俺の妻は、頬を染めたまま、従順に目を閉じた。
それでいい。
もう何も考えなくていいから。
伝えたい言葉の全部を込めて、俺は一度だけ、愛しいその名前を呼んだ。
end
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