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初めて夜会で王宮を空けた日も、こんな風にこいつの寝顔を見て、複雑な気分になったのだったと思い出す。

あの頃は、こいつの気持ちがよく見えなくて、それなのにいちいち俺の感情は揺さぶられて、もどかしい思いをどうすればいいかわからなかった。


とはいえ、気持ちが通じてからは、ある意味それ以上に拷問だった。

寝ぼけた状態で「だいすき」なんて言われて同じ部屋にいられるわけがなかったし、「子ども扱いするな」などと言われて理性を保っていられるわけもなかった。

ふだんは「恥ずかしいです」なんて言って顔をまっかにして――そんな方法で俺を煽ってくるくせに、たまに突拍子もない言葉で俺の我慢を吹き飛ばす。

他人の目にどう映っていたのかは知らないが、本人はこんなに俺を振り回しているとは夢にも思っていなかっただろう。



その極めつけが新婚旅行だった。

自分から「ほんとの妃にしてください」なんて言っておいて、さんざん焦らされた。

そのせいか、あの日の俺は彼女から見ても、余裕がなかったはずだ。


彼女が顔を隠して、泣きそうな声で言った言葉――そんなのはこっちの台詞だった。

彼女のしぐさや表情、全てを見て、触れているだけで、おかしくなってしまいそうなのは俺の方だった。


彼女にそれを悟られないように、できるだけ衝動を抑えながら触れていたのに、その後の彼女のった一言で、そんなのは全部崩れ去ってしまった。


呼んでも呼んでも足りない気がして、何度も名前を呼んだ。

わけがわからなくなっているくせに、俺の声に反応してすがるようにこちらを見つめる彼女が、どうしようもなく愛おしくて、それを言葉にした。




あの日から、俺が恐れることはひとつだけになった。

彼女を失ってしまうこと。

そんな不確かなことを『こわい』と感じている――過去の冷静な自分がそれを知ったなら、愚かにも程があると思うだろう。


この国の王子として、いずれ国王になる者として、あらゆる意味で他とは違う存在であろうと努力してきて、その自信もあった。

ただ、こいつを見ていると一瞬で、そんな自分は追いやられてしまう。
どこにでもいるような、恋愛事に溺れきった情けない男が、顔を出す。


例えば、今この寝顔を独り占めしているように、笑顔も怒った顔も泣き顔も――彼女自身を誰の目にもふれない場所に閉じ込めてしまいたい。そう願うこともあるくらいに。



そんなくだらないことを本気で考える奴は空想の世界にしか存在しないと思っていたのに、どうやらそれは自分自身だったらしい。

その事実に苦笑するしかないが、そんな感情さえも『幸せ』だと思っているのだから、重症どころの騒ぎではない。

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