▼ 隣の寝顔
仕事を終えて寝室へ戻ると、妻は小さな寝息をたてていた。
「……この嘘つきが」
今日の朝、遅くなるから寝ていろと言ったら「起きて待ってます!」と力強く宣言していたくせに、これだ。
確かに俺も「そんな必要はない。寝てろ」とは言ったが。
それに、予定よりさらに遅くなってしまったのだが。
わかってはいても、期待をしていなかったわけではない。
寝顔を見ているのもそれはそれで満足だが、起こしたくもなってしまう。
俺の動作ひとつひとつに、いちいち反応して照れたり笑ったりする彼女を、今すぐに見たくなる。
だが、寝ている女に手を出すのは趣味じゃない。結局、妙な気分をもてあますはめになる。
ベッドに入り、落ち着くために本を開く。難解な言葉の羅列が有り難い。
冷静さを取り戻しかけたそのとき、
「カズマ様…やめてください…」
小さな寝言だが、拾わないわけにはいかなかった。
一体何の夢を見ている。
夢の中でも俺のイメージは『意地悪』なんだろうか、と少し苦笑する。
だが、
「や、やめてください……恥ずかしい、です……」
待て。
一体、何の夢を、見ている。
俺は思わず本を閉じて寝顔をのぞきこむ。
夢の中の自分にまで嫉妬している情けない自分と、今の寝顔に思いきり煽られてどうしようもなくなっている自分を、同時に自覚する。
眠る妻にのばしかけた手を、ぎりぎりのところで止める。
「わざとやってるんじゃないだろうな」
ため息をつくくらいしか、今の自分を振り払う方法がない。
思えば、結婚してからずっと、こいつにはこんな気分にさせられてばかりだった。
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