▼ かわりのからだ
「黒木さん、っ……黒木さん、」
卑猥な水音が、煙草臭い部屋に響く。
耳に反響する自分の声も、相当に濡れているのがわかる。
――最近は、目を閉じていなくても平気になった。
「黒木さんっ……それ、もっと、……っ」
私のなかを掻き回しながら、胸を舌で弄ぶその顔が、黒木さんではないことが。
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汗と体液でベタベタの身体を洗ってから、二人で湯船に浸かる。
こんな広い浴槽が、家にもあればいいのに。ここみたいに、ガラス張りの浴室では困るけれど。
「小池くんも、彼女の名前呼べばいいのに」
「彼女はいないってば」
「ごめんごめん、元彼女。私ばっかり黒木さん黒木さんって、馬鹿みたいだよ」
「そのためにやってるんだからいいよ」
「それは小池くんだってそうじゃない」
小池くんに背中をもたれてくつろぐ時間。小池くんは私を後ろからすっぽり包んでくれて、すごく落ち着く。
高校時代から、小池くんは、一緒にいるとすごく落ち着く。
私の好きな人ではないけれど。
私は、職場の上司に恋をしている。
黒木さんという。
既婚者だ。
それでも、毎日黒木さんを見ていれば想いは募るし、近くで微かな香水のにおいを嗅ぐと、抱かれたいと願ってしまう。
毎晩のように、黒木さんのことを考えながら、自分を慰めた。
『身体だけの関係でもいいのに。』
なんでも話せる友人だった小池くんに、この想いを打ち明けると、ひどく常識的な答えが返ってきた。
『片方に恋愛感情がある身体の関係は、すぐに破綻するよ。職場で泥沼になったら、志穂が辞めるはめになるだろうし』
鼻白んだ私に、小池くんは言った。
『代わりになろうか?身体の関係』
はっきり言って欲求不満だった。
前の彼氏と別れて二年経っていたし、自分で触れるだけでは満足できなかった。
彼女に振られたんだ、と小池くんは言った。
お互い、叶わない相手に未練があるなら、せめて代わりの身体で気をまぎらわせたらいい、と。
誠実な小池くんらしくない提案だったけれど、彼女とは三年付き合っていたというから突然の別れに自棄になっているのだろうと想像できた。
友情を壊してしまうのではないかと危惧したのは、はじめだけだった。
『目、閉じてたらいいよ。その男のこと想像しながら、俺に抱かれてなよ』
黒木さんを想いながらの、小池くんとの行為は、とんでもなく気持ちよかった。
ほんとうに、どうかしているというくらい――今も、毎回、気持ちいい。
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