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2.サービス業


ところで私の職業はサービス業なのだが、毎週日曜日の私は、被害妄想の塊である。

日曜日といえばサービス業にとっては稼ぎ時、しかし一般的には楽しい休日(しかも二日目)だ。

ワンダフルな日曜日に働くことを余儀なくされた私は、日曜日をエンジョイしているであろうお客たちの目に、自分が負け犬のごとく映っているような気になってくるのだ。


特に、今レジに来た、幸せそうなカップルなど。

このカップルは日曜日のたびによく来店するのだが、

『あたしたちはカレンダー通りの休みがあって、毎週末デートして、こんなに幸せなのに、この店員さんカワイソウね、ダーリン!』

『ほんとにね、ハニー!でもデートする相手もいないこの店員さんは、案外喜んで働いているかもしれないよ。仕事だからって言い訳できるからね!』

『やぁだ、鋭いわ、ダーリン!』

『鋭いのは頭だけじゃないぜ?俺の、』

以下自主規制である。


と、まあ、こんな心の声が私には聞こえてくるわけで。

もちろん、先述した通り全ては私の被害妄想なわけで。


とはいえ、何かに八つ当たりしたくてしかたない私には、被害妄想だろうがなんだろうが関係ない。

この、どう見てもラブラブなカップルを『人でなし!』と内心罵倒するだけで、少しだけ気が晴れるのだ。

あまり健全でないことは百も承知だが、サービス業経験のある方にはご理解いただけよう。


そんなわけで、男の方に『はげろ!』と念を送っていると――



「あの……」

ほわんとした声にハッと我に返ると、カップルの彼女が、緊張の面持ちでこちらを見ていた。

「はい、どうなさいましたか?」

レジを打つ手を止めて、彼女に向き直る。

何かしでかしただろうか。


すると彼女は、私の目を見て言った。


「あの、先月、私、あなたに商品を探してもらって……あの、とても助かったのに、急いでて、私、お礼もちゃんと言わないで……ずっと気になってて、あの、だから、いまさらですけど……あのときは、ありがとうございました」

「えっ……」


思いもよらない言葉に、ぽかんと立ち尽くしてしまった。


確かに、その時のことはぼんやり覚えている。彼女が一人で買い物に来て、商品の場所を聞かれて案内した。

彼女は時計をちらちらと見て、足早に去っていったけれど、軽くお礼は言われた気がするし、特に不快な思いはしなかった。

悲しいことだが、お礼なんて言われないのが普通で、サービスはお客にとって『当たり前』である。


「いいえ、こちらこそ、ありがとうございます。そうおっしゃってくださるお客様のおかげで、私たちは頑張れますから」


半分は社交辞令かもしれないが、残り半分は間違いなく本音だった。

笑顔でそう言うと、彼女も、嬉しそうに満開の笑顔を見せた。


私はもう、頭の中で、数分前までの自分に激しく暴行を加えるしかない。

そして二人に土下座である。


末長く幸せでいてほしい。

末長くラブラブでいるといい。


「ありがとうございました、またお越しくださいませ」 


菩薩のごとき穏やかなまなざしで、カップルの背中を見送った。


心は、澄みきっている。




――と。


「よくがんばったね、えらいえらい」

そう言って彼女の頭を撫でる彼氏。

店の出入口で彼女の頭を撫でる彼氏。

二人きりのときにすればいいのに、公衆の面前で彼女の頭を撫でる彼氏。




『やっぱりはげろ!!!!!』


私は、念を送り直した。



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