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記憶盗人
恋人から、昔の恋人たちの記憶を、掠め取った。
食後の紅茶に混ぜた、魔法のくすりで。
お互いが最初で最後の相手、なんて少女小説のような出来事がそう簡単に起こるほど、この世界はあまったるくはない。
けれど、だからと言って、たまったものではない。
私にするのと同じことを、昔の恋人たちにもしていたのだと、想像するのは。
不意に二年前のあのひとを思い出したりしていないだろうか。視線の先では六年前の恋がうごめいていないだろうか。
そんなことで、胸を掻きむしりたくなるのは、もう我慢がならなかった。
『昔の恋があるから、今の彼があるんじゃないのかい』と、友人は言う。
本当に綺麗事しか言わない男である。
だからあの男は薄っぺらいというのだ。
どんな彼でも、彼なのだ。
彼が彼であれば、私は愛せるのだ。
昔の恋人たちという、彼を構成する要素の一部が欠けたところで、彼は彼であることに変わりはない。
それならば、いらないではないか。そんなものは。
最初で最後の女。
過去の幸せを失くした恋人は、私をそんな風に呼ぶ。
私は、幸せに震えながら、恋人の胸に頬を寄せる。
欠けた恋人が、私にとっての完全な恋人なのだ。
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