▼ 毛並み攻防戦
正午を少しまわった時間。
図書館での午前中の勤務を終えた秋津は、裏手にある公園へと早足で向かっていた。
その手には弁当。
と、
「あっ、早瀬さん」
秋津は道を歩く人影を目に留めた。
それほど大きな声を出したわけでもなかったが、呼ばれた相手はすぐに気付いた。
「秋津」
「こんにちは、早瀬さん。今日はお休みですか?」
「いや、昨日夜中まで残ってたから今日は昼で上がりなんだ。秋津はどうしたんだ?どこか出掛けるのか?」
「いえ、裏の公園で日夏さんとお昼を……」
言いかけた秋津は『しまった』と肩を竦めた。
それを聞いた早瀬の笑顔がパキリと固まったからだ。
「あ、その、ええと……早瀬さんもご一緒に、いかがですか?日夏さん、先に公園で待ってるので、ええと」
「いや、俺はいいよ。日夏の顔だけ見て帰ろうかな」
引き攣った笑顔のまま、早瀬がそう答え、二人は連れ立って公園へと歩き出した。
「早瀬さん、つかぬ事をお聞きしますが……垂氷さんの毛並みって、やっぱりふわふわなんでしょうか」
「何だ急に」
「いえ、以前撫でさせてほしいと言ったら断られてしまって……」
「ああ」
早瀬は合点がいったようで、苦笑した。
「あいつ俺にも毛並みを触らせないんだ。一度本を読んでるふりしながら隣で寝てる垂氷を撫でようとしたらいつのまにか人間の姿になっててさ……悲惨だった」
青年の髪を撫でる早瀬、という図は確かになかなか怪しいものである。
秋津は想像して早瀬から顔を背けた。
「そういえば秋津は猫派だったっけ」
「はい。でもそれを差し引いても垂氷さんの毛並みには抗いがたい魅力があるというか」
「確かに、それは俺も思う」
垂氷の長い銀の毛は、見るからにふわふわだ。
「早瀬さんは猫派ですか」
「そうだなーどっちかって言うと。よく分かったな」
「いえ、犬は恋敵、」
「おい」
言いかけた秋津を、早瀬がジトリとした目で睨む。
「あ、すみません……つい」
「いや、まあでもそうかもしれないな。小さい頃から『犬は敵』っていうイメージが定着してる気がする」
苦々しくそう言った早瀬に、秋津は眉を下げて笑った。
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