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「か、カズマ様……待って、」
「待たない」
「でも、あの……」
必死に抵抗する妻の非力な腕を、壊さない位の力で押しのける。
「待たない、と言ってる」
「……っ」
観念したように抵抗は止み、代わりに服の裾を小さく掴まれた。
唇を噛んで俯く妻が、愛しくてたまらない。
世間では、俺は『完璧』などと噂されているらしい。
これだけ我慢のきかない人間の、どこが『完璧』だ。
「……っ、かずまさまっ……苦し……」
どんどん、と胸を叩かれて、仕方なく重ねていた唇を離す。
涙目で息を乱しながらこちらを見上げる妻に、もう一度、同じことを繰り返した。
だんだん、頭の奥が痺れてくる。
理性が、思考が、溶けていく。
「か、ず……っ、」
「リン」
躊躇いもなく名前を呼べるのは――まともではなくなっている証拠だ。
ぎこちなく口づけに応えようとする妻の、不器用さと必死さに、ますます正気でいられなくなる。
苦しい、と全身で訴える彼女を、それでも離すことができない。
「リン」
「カズマさ……っ!」
がくり、と。
膝から崩れてしまった妻を、抱き留める。
肩で息をする彼女の耳元に、唇を寄せた。
「もう、離してください……っ!」
そんなことは無理だとわかっているだろうに、懇願するように妻は言う。
「私、おかしくなっ……変になっちゃうから……もう……っ」
無視して首筋を唇でなぞると、だんだん彼女の言葉は意味をなさないものになってきた。
俺はとっくにおかしくなってる。
だから、
「おかしくなればいい」
熱い腕を持ち上げて、手首に強く口づける。
びくり、と身体を震わせた妻は、自由のきく片手で真っ赤な顔を覆った。
「……でも、嫌じゃないんです。それが、怖い」
そんなことを言われたら――今度こそ本当に、離してなどやれない。
今この瞬間の俺は、『王子殿下』でも何でもなく。
妻に溺れ切っているだけの、ただの男だ。
「――俺だって、同じだ」
きつく抱きしめながらそう言うと、妻は顔を上げて俺を見た。
「カズマ様も、怖いんですか……?」
「ああ」
「カズマ様に、怖いものなんて……あるんですか」
「当たり前だ」
「……そう、ですか」
そうだ。
誰よりも、恐れている。
失うことを。
壊してしまうことを。
おそらくは、自分自身を。
「……変、ですよね」
不意に妻がそう呟き、俺は首を傾げる。
すると彼女は、眉を下げて笑った。
「それを聞いて、なんだか嬉しい、って」
大きくひとつ息を吐いてから、俺はもう一度、妻にキスをした。
乱されながら、満たされることに――乱される。
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