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「……ああ、悪い」
そう答えたカズマ殿下は、手早く襟を正す。
それきりまた、前を向いてしまった。
私は、少しだけ憂鬱な気分になりながら、俯く。
うまくやっていけるのだろうか。この人と。――夫婦として。
愛はなくてもしかたない。だけど、まともに会話もできないのは、悲しい。
知らない国へ嫁いだという不安もあいまって、私は泣きそうな気分になった。
すると、
「おい」
前を向いたまま、ふいに低く声を掛けられ、私はカズマ殿下を見上げた。
「は、い……?」
カズマ殿下は目線をこちらには寄越さないまま、
「立ちっぱなしできついだろう。我慢できなくなったら言え」
表情を変えずに、そう言った。
「……」
義務感、かもしれない。何の気無しに言った言葉、かもしれない。
だけど、理由はどうでも、
私はその小さな優しさがなんだかすごく嬉しくて、思わず笑顔がこぼれた。
今日初めて、ちゃんと笑った気がする。
「はい、ありがとうございます、王子殿下」
笑顔のままでそう言うと、カズマ殿下は一瞬だけちらりと、こちらを見た。
そしてまたすぐに視線を戻してから――彼は小さく呟いた。
「お前は俺の……この国の妃だからな」
その言葉の真意に私が気付くのは、まだ少しだけ先のこと。
end
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